川北英隆のブログ

成人の年齢を引き下げるべき

憲法改正に関連して、国民投票権が2018年6月21日(だと思う)から、18歳以上に与えられる。一方、成人の年齢を引き下げる議論は進展をみていないようだ。僕の主張は、18歳は成人である。
この成人の年齢に関するブログを書くきっかけとなったのは、最近マスコミをにぎわしている川崎の事件である。しかし、川崎の事件があったので18歳にしろと主張するものではない。
教育において、大学に入る年齢に達したことは、大人になったことと同じだと思う。自分で積極的に学び、自分で将来の進路を決めるわけだから、大人としての自覚が必要である。その大学生が20歳まで親の庇護の下にいるのは変だと思っている。
川崎の事件に関連して、親が変に子供扱いするものだから(ペットのように過保護に育てるから)、体力だけは大人で、精神構造は子供のままの人間が育つのだと思っている。親も子も、早い時期に自立することが必要だろう。
それで、ここから先は実体験の話をすると、20歳になってはじめて法的に成人として扱われるおかげで、大学に入って1、2年は未成年の学生が混じっている。そうすると、教員としてゼミの運営が面倒になる。最近は大学として少人数教育に力が入るので、その場合もゼミと同様の面倒さが生じる。
「何のこっちゃ」との質問があるだろう。それは、ゼミの(少人数教育の)懇親会である。「酒を飲ませてはいけない」からである。昔は(僕らが学生の頃は)緩やかな時代だったので、大学に入った瞬間から堂々と飲んでいたし、それをとやかくいう親もいなかった。実質、18歳というか大学生というか、それらは大人として認められていたし、本人も本音ではそう自覚していたものだ。
今日はそうはいかない。懇親会で事故があると教員の責任が追及される。法律を盾に追及されたのでは負けてしまうので、教員としても防衛策を取らざるを得ない。でどうしているのだというと、僕は2年生ゼミをやっていない(2年生のゼミを開講するかどうかは教員の選択に任されているので)。
そう1回宣言しておくと、3年、4年のゼミ生も心得たもので、実は一度、2年生がゼミのオブザーバーに加わりたいと申し出てきた時には、「彼は1浪なので、もう20歳です」と教えてくれた。
いずれにせよ、子供を早く独立させるのが教育効果を発揮する近道である。18歳になれば、独立する資格も体力も十分にあると思っている。

2015/03/02


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