川北英隆のブログ

図表作成の今昔

仕事の関係上、50年ほど前からグラフの作成が日常だった。とくに昭和52年だから49年前に経済や企業分析が主たる業務になり、グラフの作成が重要になった。振り返ると、その作成方法は日進月歩だった。・・・

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2026/02/08

マイクロソフトの死?

アメリカ市場では「SaaS(Software as a Service)の死」が叫ばれている。代表的には、マイクロソフトが提供する「Office」、つまりExcel、Word、PowerPointなどがピークアウトする、役割を終えつつあるとの見方である。・・・

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2026/02/07

西堀榮三郎記念探検の殿堂を

東近江市にある西堀榮三郎記念「探検の殿堂」を訪問し、長谷川伝次郎展「仏の世界を撮る」を観てきた。京都から少し遠かったが、時間をかけて行く値打ちが僕にはあった。・・・

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2026/02/07

奈良盆地の奥深さ

奈良盆地の南部の丘を歩いて思ったのは、京都と違い、政治から見捨てられたに近い地域だったが故に、知らない歴史遺産が多いことである。母親の実家の村落の近くにも古い時代の寺院跡があり、耕すと建物の名残がいろいろと出てきたらしい。・・・

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2026/02/04

節分の花

今日は節分、子供の頃とは違い、嬉しい節気だ。冬の終わりが「そこにある」と思ってしまう。鬼さんも嬉しくてそこらを徘徊するから、「鬼は外」なのかもしれない。・・・

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2026/02/03

掖上国見山

巨勢山古墳群から室の村落に下り、ついでに宮山古墳を見学した。前方後円墳であり、石室にある長持形石棺が見える。その後、古墳が点在する巨勢山丘陵の裾野を東へと歩き、日本武尊が白鳥となって飛来したという日本武尊白鳥陵に寄りつつ国見山を目指した。・・・

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2026/02/01

巨勢山古墳群の稜線

巨勢山から下り、国道309号線に戻った。少しだけ国道(歩道あり)を歩く。吉野口駅付近から国道と離れ、かつての街道、古瀬(こせ)の村落に入った。吉野方面と五条・和歌山方面の分岐点でもある。両方向とも大きな峠を越えることなく歩ける。・・・

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2026/02/01

巨勢山

奈良盆地の南部に登り残した山があった。御所市東部の国見山なのだが、標高229mと背が低すぎ、それだけでは寂しい。そこで「ついでの山」と探したところ、「巨勢山古墳群」の表記が地形図にあり、さらに「巨勢山」が「ヤマレコ」にある。それらをつなげばいい。・・・

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2026/02/01

巨勢の山と古墳を歩く

いつものM君を誘って奈良盆地南部の丘を歩いた。場所はというと、御所(ごせ)と高取の境界付近である。巨勢(こせ)、国見という歴史的な地名が点在する地域でもある。丘がいくつかあるので、一周するようにして3つの三角点をたどり、ついでに古墳も巡った。・・・

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2026/01/31

上場企業と殿様蛙の世界

少し旧聞ながら、1/27の日経(ネット会員限定とか)に山道氏(やまじ氏、東証というかその親分、日本取引所の最高責任者)が上場企業に対して、「現預金の活用法、説明を」と話したとか。「それはそうやけど、隔靴掻痒、部下が実務を知らんな」と思ってしまった。・・・

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2026/01/31


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