川北英隆のブログ

ルワンダはアフリカの奇跡とも

今回のアフリカ旅行で最初に着いたのはルワンダの首都、キガリである。ルワンダと最初に聞いた時、思い浮かんだのはツチ族とフツ族の対立による大量虐殺である。ルワンダのジェノサイド(虐殺)と呼ばれている。
ルワンダには主にツチ族とフツ族が住んでいるとされる。しかし、その民族的な差別は容易でない。旅行していても、どちらがツチかフツか区別できない。民族が入り乱れて住んでいるから、違いは大きくないだろう。しかし、ヨーロッパ各国がアフリカを植民地するに際して民族感情をうまく操った。これがルワンダの大量虐殺の遠因となったのはほぼ明らかなようである。
中東で無理矢理に国境を定めたのと同様、アフリカ中部でも、ヨーロッパの都合に基づく政治的決着が図られた。ルワンダの場合、当初はドイツ領だったが、第一次世界大戦においてドイツが負けたため、ベルギー領となり、フランス語圏に入った(ベルギーの公用語はフランス語とオランダ語)。そのベルギー人の統治政策はツチを優遇する政策であり、これがツチとフツの対立を生み出したようである。
そのルワンダは、今は表面的には平和であり、経済的にもIT産業で急速に発展している。このため、アフリカの奇跡とも称される。
民族対立で難民化し、海外(とくにアメリカ)に逃れていた国民が自国に戻り、産業を起こしているとのことだった。元々ツチ族が高い教育を受けることを認められていたことも大きい。さらには虐殺後、国連を中心とした国際援助の効果もあるだろう。
キガリの街は綺麗だった。綺麗なベンツも走っているし、綺麗なビルも新築されている。
主要幹線路は舗装されている。南アやモロッコなどはともかくとして、他のアフリカと比較して整備されている。今回陸路で国境を越えて入ったコンゴと比べると段違いである。目をつむっていても、車の揺れ具合で国境を通過したのかどうか判断できるだろう。
現在のルワンダはフランス語を英語に切り替えている。IT産業を発展させるには正しい政策なのだが、そもそもはフランス語がベルギー統治時代を連想させるかららしい。
とはいえ、ルワンダのそもそもの産業は農業である。ルワンダのキャッチフレーズは千の丘の国らしいが、その丘は頂上部まで農地になっている。他のアフリカの国と同様、人口が爆発しているのに、将来どうするのか。
識字率も先進国と比べ、決して高くはない。統計によると、若者でさえ80%である。
また、虐殺の事実は、潜在的な国民間の対立感情を生み出し続けるだろう。植民地化は不幸な歴史だと思わずにはいられない。

2016/08/17


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