川北英隆のブログ

三田市木器周辺の低山を歩く

7/17、祇園祭のメインイベントとして超が付くほど有名な山鉾巡行の日であるが、今年は中止だった。そこで、後ろ髪を引かれることもなく、三田周辺の低山(羽束山、清水山、有馬富士)に入りつつ、木器(こうづき)を訪ねられた。
そもそもは木器に始まった。過日、ニッセイの同期入社、光月君からのメールが出発点だった。彼はリタイアした後、ルーツを探っている。
このブログでも登場した周防大島の出身で、明治維新前夜の歴史(長州征伐もしくは四境の役)に光月家が登場するとか。その後、彼の祖父だったかが島の住人たちと共にハワイに移住し、やがて帰島。その当時の資料も残っている。島にはハワイ移住の資料館もあるので、訪れるのがいい。
それらを調べつつ、光月の苗字の由来を探していると、兵庫県三田市の木器に行き当たったとのこと。そこに城(砦)もあったらしい。
「木器、どこや」と探したところ、地形図にも木器とあり、「こうづき」とルビが振ってある。しかも、そのすぐ近くに羽束山(524メートル)というキリリとした山がある。「そうか」と計画した。
まず、今回の探査旅行の概略を書いておく。
まずは京都から三田まで。阪急で十三乗り換え、宝塚まで行き、かの有名なJR福知山線に乗り換えれば、2時間程度で着く。
三田からバスがありそうだったが、タクシーを奮発し、羽束山登山口である香下(かした)の香下寺まで。2500円だった。
羽束山を越え、北側に下りて木器へ。この下りが非常な難関だった。
木器では城山(245メートル)を目指すべきだと、ようやく登山口を見つけて登った。この道は当日2番目の難関だった。
木器から西へと車道を歩き、切詰峠を越えて志手原へ。この村の北側にある清水山(363メートル)に立ち寄った。この山も道が多少不明瞭、期せずして(つまり道を間違って)3つピークを踏んでしまった。本日3番目に難しかった。
最後に、清水山の西隣りの有馬富士(374メートル)に登った。この山はハイキングコース、道は明瞭だった。
問題は三田駅までどう戻るのか。木器から三田までのバスが1時間に1本あるのを確認していたので、有馬富士を下りた跡、バス停をグーグルマップで調べた。と、バスが近くを、ほぼぴったしの時間に通過することもわかった。上野台中学校前である。
三田から京都へは行きと同じ戻り方をした。
以上、今回は恒例の車道歩きもあまりなく(4キロ程度)、山歩きを楽しめた。天気はというと、曇り、時々霧雨。梅雨明け近い?低山を、大汗をかくこともなく、また日差しで丸焼けになることもなく歩けた。
写真は羽束山の登り口にあった石碑である。写真を拡大して読むと「安永九年」(1780年)とある。香下寺は摂津国三十三箇所第11番だそうだ。
20200718香下寺登山口.jpg

2020/07/18


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