川北英隆のブログ

芭蕉句碑から高取城址へ歩く

中学校からの友人、M君と一緒に、奈良盆地と吉野との境の山並みを歩いた。同じ奈良県なのだが、県の北部は盆地と高原、県の南部は急峻な山岳となっている。
盆地の南部は、高いところで1000メートルから900の山に区切られている。西から東へと、葛城山、金剛山、高取山、龍門岳、熊ヶ岳、音羽山が続く。この中で高取山のある盆地の南、明日香と吉野の境が一番低い。高取山が584メートルである。
この低い箇所に吉野との行き来のための峠がある。松尾芭蕉や本居宣長らが越えたことでも知られている。
今回は近鉄の桜井駅からタクシーで鹿路(ろくろ)まで入り、そこから盆地南部の稜線に登り、細峠、竜在峠、芋ヶ峠、高取山と歩いた。高取山からは土佐街道を歩き、近鉄の壺阪山駅に出た。細峠の登り口から高取山の三角点(高取城址の天守跡)まで4時間、高取山から壺阪山駅まで105分だった。
稜線からの展望は少ない。あまり歩かれていないようで、誰にも出会わなかった。高取山というか城址は多少ながら人気スポットであり、ほぼ下まで車が入るため、何組かのハイカーに出会った。土佐街道の下りでは(村人以外)誰とも出会わなかった。
高取山からは大峰の展望が良かったし、紅葉もピーク間近だった。城址と、高取城の城下町だった土佐の家並みには一見の価値がある。隠れた見所だろう。
上の写真は高取城址の猿石、下は土佐にある植村家長屋門である。猿石は飛鳥時代の作で、築城時に明日香から運ばれてきたとも。長屋門は城代家老の役宅の遺構とのこと。門内の部屋に使用人が住んでいたらしい。
20201111猿石.jpg

20201111土佐長屋門.jpg

2020/11/11


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