川北英隆のブログ

新卒の一斉採用は時代錯誤

もうすぐ3月が終わる。卒業シーズンであり、その直後に入学式、入社式がある。コロナに翻弄されたこの1年を経て、入社式がどのようになるのか。それで思うのは、今の入社というか採用では、企業側の都合が優先されている。社会的に不都合だ。
はるか50年前の高度成長期のスタイルが踏襲されている。新卒を一斉に採用し、賃金に大きな差を設けず、終身雇用を暗黙の前提として昇進のスケジュールを組んでいる。定年まで勤めないと、同年入社の間での差が一般には見えない。その見えた差も大したことがなく、役員になると定年が伸びる程度である。もちろん給与にも差はできるのだが、多くはびっくりするものでない。
このため、今の優秀な学生に人気があるのは起業である。しかし、起業したとして成功するのは一握りだし、育った企業の社会的意義が大きいとの保証もない。できれば優秀な人材の相当割合を既存企業が採用し、思い切り活用してほしいものだと思う。
ここで問題となるのが、優秀な人材の採用条件である。普通の人材よりも好条件を与えなければならない。
1つは従事する仕事の好条件である。しかし、優秀な人材ほど転職する可能性も高い。だから、彼らにつまらない仕事を与えてはならない。キャリアパスとなる仕事を積極的に与えるのが重要となる。そのような仕事を企業として見つけ出せるかどうか、まず問われる。
ここでもう1つの「しかし」が生じる。キャリアパスとなる仕事は、企業にとって重要度が高く、機密性が高いだろう。企業として、機密性を護るためのリスク管理が求められる。
もう1つの好条件とは給与水準である。転職の可能性を考えれば、定年に向けて退職金を積むというよりも、それを積まずにすべてを給与として支払う(税的効果を考慮して自己都合時に名目上、退職金として支払うことを含む)こともありうる。
現在、特別な技能を有した人材に高い給与を支払おうという企業が出てきている。この採用方針を敷衍すれば、優秀な人材の中途採用や通年採用にもつながる。新卒を一斉採用し、それ以外の採用は例外でしかなく、冷遇する(言い換えれば傭兵的に扱う)という一般的な採用方式が50年前そのものでしかなく、もはや通用しなくなったことでもある。
むしろ、新卒を各企業が一斉に採用し、終身雇用という餌で釣り寄せ、囲い込み、企業の独自色に染め上げ、社風に慣らせてという方式が、かえって人材を腐らし、日本企業の低迷を招いている。企業という井の中の蛙を育てるのに等しい。その悪しき実態を優秀な人材が悟り、起業に向かっていると思ったほうがいい。
新卒の一斉採用は企業にとって安くつく。プロ野球のドラフト制度的である。優秀な選手は、もっと給与がほしいのに、競争がないので安く入団させられる。それも入団するのは必ずしも自分の好きな球団ではない。だから優秀な選手は何年か後の大リーグを夢見て、とりあえず入団する。
もっと言うと、新卒の一斉採用はドラフト制度よりも劣悪だろう。優秀な人材も普通の人材も、かなり先にならないと給与面で差がつかないのだから。これでは「適当に働けばいいや」と多くが思うようになり、「出世するためには上司のご機嫌を取ればいい」と現実を悟った、要領だけの輩さえ出てくる。
では採用制度を変えればどうなるのか。好条件かつ自分が目指す職業で働けるようになりたいと、学生は大いに勉強するだろう。そうでなければ、つまらなくて、かつ安い仕事にしかありつけないのだから。
以上は日本のためにいいことではないか。日本を変えるため、まずは企業や経団連のような企業集団に意識を変えてもらいたいものだ。

2021/03/23


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