川北英隆のブログ

男の背広ネクタイは差別やん

オンラインを使った会議が多くなって困ったことがある。服装である。「上だけ整えればいい」とのズボラな答えはともかくとして、その上をどうするのか。背広とネクタイなのか、ネクタイなしで上着だけなのか、適当なシャツ類だけでいいのか。
いろんなオンライン会議に出ていると、主催者や参加メンバーによってばらつきが大きいことに気づく。僕は適当に対応して、適当なシャツ類だけの場合が多い。といっても、さすがに山歩き用のシャツ類で参加したことはない。
と書くと、「・・場合が多い」とはどういう意味かと、質問が飛んできそうだ。答えは次のとおり。同じ主催者のオンライン会議に複数回出ると、暗に求められているドレスコードがわかる。だから根が従順な僕も、そのドレスコードに合わせることが多い。
そんな時(本当は前からそうなのだが)、気づいたことがある。男性に比べ、女性のドレスコードが幅広いことである。かつて女性に制服を与えた時代があった。(会社側の経費節約の一環なのか、男女差別が問題になったからか)それが稀有になり、女性が服装から開放された。それに対して男性は背広とネクタイから開放されていない。
逆に、「何月からクールビズのためノーネクタイで・・」とアナウンスされると、クールビズ期間以外は背広とネクタイがドレスコードだと言われたも同然である。日本の場合、その背広もネクタイも地味なものが多く、制服と大差ない。
先日もオンライン会議に出ると、出席者のほとんどが背広とネクタイだった。僕はカッターシャツだけだった。
出席者の中に女性が1名いた。全出席者の画像を見ていると、その女性が目立った。僕は上着を持たない貧乏人然としていた。会議の内容もそこそこに、オンライン会議での服装って男性差別ではないか、男ももっと自由であっていいのではないかと考えた。
かつて暑い時期に沖縄で講演したとき、壇上に立つから仕方ないと思い、背広とネクタイで出かけた。と、どうだろう、沖縄の聴衆はカリユシだった。懇親会で聞くと、カリユシが正装だそうな。インドネシアのバティックもそうだと聞いた。そのカリユシ、バリエーションが大きく、壇上から見ていると華やかで、喋っていても楽しくなる。
服装が自由でない日本の男の社会、そうだから自由な発想は生まれないし、生まれたとしても育たないのだろう。

2021/06/05


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