川北英隆のブログ

岩倉と三宅八幡宮の忘れ物

岩倉では実相院と岩倉具視が幕末の3年間住んだという家を見た。ともに中には入らなかった。その岩倉具視の家から少し川沿いに下ると、山住神社(石座神社旧地)というのがあり、これが良かった。
何が良かったのか。この神社の御神体は磐座(いわくら)だそうで、そこに神々が降臨するのだそうだ。つまり社殿はなく、奥に大きめの岩が祀られていた。なお、現在の石座神社は実相院の北側に移っている。だから山住神社は石座神社旧地とされている。ただし磐座だけは移せないから、そのまま鎮座している。
最初に気づくだろうが、岩倉という地名はこの磐座に由来するらしい。これが今回の発見だった。
もう1つ、岩倉で発見したというか思い出したことがあった。それは大学のクラブ(山歩会)の先輩のことだった。一緒に山に入った記憶もなく、名前をしっかりとは覚えていないが、確か飛田さんという数学者の卵だった。大学に勤務していて、岩倉に部屋を借りていた。下宿にしては広くて、一軒家風だった。
いつ、目的が何で、誰に声をかけられたのかは完全に忘れているが、その先輩の家にクラブの何人かが集まり、酒を飲んだ記憶がある。暗くなってから訪ねたので周囲の景色は何も覚えていない。叡電の岩倉駅で降り、少し歩いた記憶だけがある。
その記憶を、今回歩いた岩倉の農家が呼び覚ましてくれた。川があったような記憶が蘇った。農家風の家の片隅に先輩の住まいがあったようなことも。
その飛田さん、訪問した少し後に若くして亡くなった。それらの記憶と、今回歩いた岩倉の風景とが重なった。
岩倉駅の線路を南に越してから東に歩き、八幡宮駅のすぐ南側に出た。この三宅八幡の周辺は歩いたことがない。比叡山に行くにも鞍馬に行くにも、三宅八幡宮の近くを通るのだが、わざわざ八幡宮に寄ろうとは普通誰も考えないだろう。
ところで、日本生命時代の京大出身の上司MS氏が三宅八幡宮の付近に下宿していたという。近くに任天堂の山内家もあったとか。だから僕として、一度どんな地なのか見てみたいと思っていた。そこで今回、いい機会だというので岩倉から歩いたわけだ。
山内家がどこにあるのかは事前に調べていなかった。「でもね」というところだろうか、大きくて立派な、しかし表札のない家の前を通ってしまった。「多分これや」と感じたし、このブログを書いている今もそう思っている。
八幡宮駅の東側の街道(国道367号線)に出て、少し北に歩くと三宅八幡宮だった。鳩がこの神社の地を案内したとか。このためシンボルとなっていて、高麗犬の代わりに鳩が対で神社の入口を守っていた。武装をしない日本国のようで、「大丈夫かいな」と思うのだが。手水には水がこんこんと湧いていて、豊かさの象徴のようでもあった。
この充実した一日の締め括りの写真、やはり三宅八幡宮の平和の鳩だろう。アップしておく。そうそう、磐座を忘れては罰が当たる。社の後、注連縄の張られた岩が磐座である。
20211025三宅八幡宮の鳩.jpg

20211025磐座.jpg

2021/10/25


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