川北英隆のブログ

株主還元は本当に過度か

昨日の日経5面に掲載された岩井克人氏の「過度な株主還元 見直しを」は論旨というか認識が変だった。「新しい資本主義」を問うとのコラムだから、力が入りすぎたのか、資本主義に対する嫌悪感が先走ったのか、どちらかだろうと思っている。
今の資本主義が問題を多く抱えているのは間違いない。行き過ぎも当然あるから、それを抑制する必要があり、この役割を担うのが政府である。
日本の場合、これに加えて日本的経営の課題が重なっている。何が資本主義自身の問題であり、何が日本的経営の課題なのかを切り分けなければならない。この点、岩井克人氏は専門家ではないから、混乱を生じているようだ。
株主還元が本当に日本において過度なのか。結論から述べれば、株主還元が過度だと評価するのは大きな間違いである。現在、多くの日本企業が配当性向(当期純利益に対する配当の割合)の目標を30%にすると公表している。これは横並びの結果でしかなく、資本主義でも何でもない。
利益の中からどれだけを内部留保に回し、その残りとしての株主還元をどれだけにするのかは、個々の企業が自分の姿(事業内容、投資機会、競争環境など)を見極めて決めないといけない重要なテーマである。この経営判断をできている(正しくは判断しようと考えている)企業はごく少数である。多くは、先に述べたように、他の企業の配当性向が30%だから30%でいいとの横並び意識である。この結果、何にも使わず、使えずに、無意味に現預金を積み上げている企業が多すぎる。
岩井氏は、バブル崩壊以降、配当が4倍に増えたのに、給与も設備投資も横ばいだったと言う。数字がどこまで正しいのかは別にして、感覚的には岩井氏の発言は正しい。
ただし配当が増えたのは、バブル崩壊以前の配当が極端に少なすぎたためである。もう少し言えば、配当をほとんどせず、内部留保を不動産投資に使って、不動産バブルを生み出した。
設備投資が横ばいだったのは、企業がバブル崩壊以降、リスクを「喉元過ぎれば」的に恐れたからである。給与が増えなかったのは、どの企業も横を見つつ、「給与、同水準程度でいいや」と思ったからであり、配当性向の場合と同じである。
いずれも日本企業の経営の質の問題であり、資本主義の問題ではない。むしろ、日本企業が資本主義から逸脱していたと考えればいいだけである。
ついでに書けば、株主に対する利益還元として、配当に加え、「自己株式取得=買い入れ」を用いる企業が多い。自己株式取得を証券会社から勧められるからだろう。証券会社としても手数料が入るから、増配よりも自己株式取得のほうが嬉しい。株価が上がれば経営者としても嬉しい。さらに自己株式取得はいつでも止められるのに対して、配当の場合、株主還元を止めることは「減配」になり、株価を下げてしまう。
戻って、配当、設備投資、給与に関する岩井氏のもう1つの結論、「経営者の怠慢も指摘せざるをえない」は間違いではない。正しくは、「経営者の怠慢を指摘・・」なのだが。
新しい岸田政権は企業に媚を売ろうとしているように見える。企業に課されている四半期開示の見直し、ガソリン価格を抑制するための石油元売りに対する補助金などは媚の最たるものだろう。岩井克人氏は著名な理論経済学者である。それだけに、氏の誤った現実認識に基づく誤った発言が、政府の媚に拍車をかけることがないようにと願うばかりである。

2021/11/17


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