川北英隆のブログ

名刹に見る日本文化の危機

先日訪ねた山城の鷲峰山金胎寺は驚きだった。1981年、父親と訪ねた時には華やかさが少し残っていたのに、今回は荒廃が忍び寄っていた。無人化した寺に訪れる危機である。
たとえば重要文化財の多宝塔では、全体の色彩が剥げ落ちたようになっていたのはともかくも、軒下の木の飾りが落ちていたのは大問題である。鐘楼の屋根にはブルーシートが被せてあった。
和束からの表参道の奥が荒れていることは、数日前に書いたとおりである。村人が参道を使って寺まで上がることはほぼないのだろう。残念なことである。
とはいえ、寺務所まで車道が付けられている。住職が寺に住んだとしても生活に困ることはないはずなのだが、なり手がいないようだ。奈良には、音羽山観音寺を再興した例もある。大和尼寺として少し有名になった。何とかしてほしいものだと思う。
金胎寺は676年に役行者が開いたとされる。伏見天皇が金胎寺で出家したことから、1300年頃に栄えた。その後、焼き討ちに遭って衰退、明治の廃仏毀釈もあり、今のひっそりとした寺になったらしい。とはいえ、重要文化財をはじめ、の建物がいくつか残っている。
金胎寺のことは和束町と宇治田原町のホームページに紹介されている。しかしこれらの町も老齢化が進み、寺の維持まで手が回らないのだろう。それでも和束町と宇治田原町は宇治茶の産地だから、地方自治体としてまだ財政的にましなのだろうが。
山を歩き、里を歩くと荒廃した多くの寺社に出会う。あるものは付近の住民がすべて離れたため、崩壊寸前だった。鷲峰山金胎寺のような名刹でさえ、このままだといずれ崩壊しかねない。修復のための寄進を募っていたが、どこまで集まるのか。
そういえばつい先日、神社に真の神はいないと叫んで賽銭箱を壊したのがいたらしい。バーミヤンの石仏も破壊された。どんな神を信じようが自由だが、神と文化とは別物である。日本としては明治維新の残念な例を世界に示し、神や宗教とは何か、文化とは何かを世界に訴えないといけない。同時に内なる文化の危機に対して何らかの策を講じないといけない。
写真は金胎寺の厄除行者堂である。江戸時代の建物とされる。秋の紅葉がきれいなはずだ。
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2023/05/26


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