川北英隆のブログ

猪の鼻ヶ岳を周遊し

文字通りの日和見をして、また通勤ラッシュを避けて、近江八幡10時20分発のバスに乗った。運行は渋滞もなく順調、日野駅で県立高校の女子3人が乗ってきた。つるんで遅刻か。彼女らも降り、音羽のバス停に着いたのは10時10分過ぎだった。
残念なことにバス停の直前まで見えていた猪の鼻ヶ岳が民家に隠れてしまっていた。一方、鈴鹿の西側の盟主的な綿向山(1110m)が大きかった。綿向神社が日野から東にいくつかあるくらいに、この地のシンボルである。
バス停は国道477号線にある。東へ少し歩き、県道の「しゃくなげ街道」で南に折れ、音羽の村中に入る。道なりに養泉寺と雲迎寺の前を通る。いずれも日野が近江商人の町として栄えた頃の名残である。
その先で日野川を南へ渡る。すぐに音羽城跡の案内板に出る。ついでなのでと、すぐ南にある大手口から城跡に上がった。道は整備されているのだが、上部は公園になっていて趣がない。背後に、猪の鼻ヶ岳のずんぐりとした姿があった。
下りは車道を使った。県道のすぐ手前から左手へ、未舗装の林道に入る。池(日渓溜)の南側を回り込み始めると、南へ、草や幼木の多い林道が分かれる。それを登ると整備された林道に出る。猪の鼻ヶ岳が大きく見えるので、それに向かって進む。
「これで大丈夫」と思ったのだが、その先は作業道や枝道が多く、ルートの選択に少し苦労した。林道を南東に進み、途中からはジグザグに付けられた登山道に入る。赤いテープが目印ながら、枝道が多い。
最後は西へと斜面を登る。植林から自然林に変わり、山頂部の稜線に出る。右へ、背の低い木の密集した森を進むと三角点(508.1m、点名は鎌掛谷)があった。鎌掛は「かいがけ」と読む。
三角点からは稜線を戻り、南東部にある520mの独標を目指した。踏み跡はしっかりしていた。その520mの独標付近から東側の峰が見えた。麓から三角形に尖って見えたピークで、標高は600mを超えている。稜線は綿向山へと続いている。
独標から南へと広葉樹林の枝稜を下った。踏み跡を追うのに困らなかったが、林道との境の勾配がきつかった。
林道に出てからはそれを下るだけだった。途中、林道から南へ鎌掛谷に直接下るのが近道だと思ったものの、踏み跡が怪しかったので諦めた。行きにたどった林道に戻り、その後は西へと鎌掛峠を目指した。
上の写真は音羽バス停付近からの綿向山(中央奥)である。下は猪の鼻ヶ岳の山頂である。
20230603綿向山を.jpg

20230603猪の鼻ヶ岳.jpg

2023/06/03


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