川北英隆のブログ

原発事故の賠償はどうすべきか

まだまだ混乱しそうな東電とその賠償問題である。そもそもどうするのが正しかったのか。どこで混乱してしまっているのか。簡単なことである。
社会のルールとして法律がある。その法律が絶対に正しい基準だとは断言できないが、その法律に基づいて社会が動いているわけだから、まずの法律に基づく賠償のあり方を検討することから始めなければならない。
原子力発電に関しての法律では、事故による損害の責任を原子力事業者(電力会社)に集中させ、かつ無過失・無限責任を課している。ただし、異常に巨大な天災地変や社会的動乱によって生じた事故による損害については、原子力事業者は無過失・無限責任から免れることができ、この場合には、別途、政府が必要な措置を講じるとしている。
ということだから、今回の地震が「異常に巨大」、歴史上まれにみるものなのかどうかが問題となる。インドネシア(スマトラ島)の大地震が2004年に起きているから「稀ではない」と言える一方、政府が「安全だ」と何回もお墨付きを与えてきたわけだから「想像を絶する」とも言える。
「想像を絶する」のなら、東電は無過失・無限責任を逃れられる。「稀ではない」のなら東電は無過失・無限責任であるが、政府は「必要であれば東電を援助する」(援助交際かな)ということになる。
いずれにせよ、最初に東電の責任の範囲を確定しなければならない。その上で政府の責任である。政府の対応を見ていると、政府の立場は、今回の地震は稀ではなく、東電は無過失・無限責任を問われ、政府は「必要であれば東電を援助する」との立場なのだろう。そうであるのなら、最初にこの点を明確に言わなければならない。当然、「稀ではない」理由と、「稀ではない」ことを想定して政府がこれまでどう対応してきたのかも明らかにしなければならない。この点をぼやかしているから議論が紛糾している。まあ、明確にしたくない気持ちは理解できるが。
政府は「必要であれば東電を援助する」立場だということを前提にすれば、次に東電の責任を明確にする必要がある。責任は、まず株主にある。無配は当然として、部分減資、100%減資の選択である。100%減資すれば昨年12月末現在、3兆円が捻出できる。それでも賠償に足らなければ(足らないだろうが)、借入と社債の元利金支払いを減免する番になる。社債が4.5兆円、借入が2兆円弱ある(決算短信で見るかぎりであり、内訳のわからないものもある。東電の社債は5兆円とされていることから、1年以内に返済される社債が表示されていないのだろう)。この順番でどこまで責任を追及するのかを決めなければならない。
追及をどこかで止めるとの決断は、それ以降は政府の援助との決断でもある。また、電力の供給を止めるわけにいかないから、電力供給の担い手をどうするのか、今のままの東電か、新会社を政府主導で設立するのかという決断も必要になる。
以上の筋道をすっ飛ばして、東電の株主を(一定程度)免責にしようとしている。そうだとすれば、法的には社債権者や資金を貸した銀行は当然に免責となる。
このように考えれば、「銀行の債権放棄」発言は、日本が得意としてきた超法規的な、奉加帳的な措置の最たるものである。街頭での募金活動の親分みたいなものだ。

2011/05/14


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