川北英隆のブログ

嵐に巻き込まれた男

今日の日経のネット版によると、海江田万里経済産業相は、事務次官、原子力安全・保安院長、資源エネルギー庁長官を更迭すると記者会見で発言したそうだ。実は、その保安院長を知っている。
3/11の少し後、何かの機会に「そういえば、保安院長って寺ちゃんだったのでは」と思い出した。新聞の人事異動欄をこまめに見はしないが、関係しそうなとこだけちらっと見ている。いつだったか忘れたが(調べればいいのだが、そんな値打ちがあるわけでもなしと書きながら、他のことを調べるついでに見てみると、2009/7だった)、原子力安全・保安院長に寺坂信昭氏がなったのを発見していた。
実は、寺坂氏を知ったのは彼が当時の通産省に入省してすぐだった。通産省の統計解析課に派遣されていたとき、隣の課(調査統計部総務課)に配属された。こっちは事実関係を確認したが、彼として2場所目だったようだ。統計解析課に配属されていたキャリアの桑田始氏(「くわだ」と読むらしい、現在は人事院だと思う)が、寺ちゃんと呼んでいた。統計解析課は山の師匠が課長をしていた課であり、また山の師匠のプロジェクトとして『日本の未来像』を東洋経済新報社から出版した。そこに執筆者として寺ちゃんの名前がある。
その後、彼と一番接近したのは証券化に関する特債法(特定債権等に係る事業の規制に関する法律、1992年公布)である。寺ちゃんが通産省の何やら室(産業政策局商政課取引信用室、要するにリースやクレジット債権などを担当)の室長となり、法律家が「(対抗要件の具備に関して)大胆な」と評した特債法を作ったという。直接会っていないのでどこまで事実かは確認していないが。
この法律はある意味、通産省の権益を強めるため、当時の大蔵省の領域に踏み込む意味を有していた。その後、1996年まで、大蔵省と通産省の間で「証券化に関する鎖国状態」が続いた。この状況に関しては年末に出版予定の著書の第2章で。とコマーシャルだが、もちろん寺ちゃんの名前は出てこない。
ある意味、証券市場に嵐を引き起こしたことになる。その彼が嵐に巻き込まれたのかなと、今回の原発事故で思ったが、通産省での彼の経歴は電力ガス関係が長かったようだ。通産省の最後の権益が電力ガスだから、そこにどっぷり浸かったことになる。嵐を呼ぶべくして呼び、巻き込まれたということだろう。

2011/08/04


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