川北英隆のブログ

躾の良い優雅人予備者

京都も今年は劇的に秋になった。ススキの穂が鴨川で見られるし(ここ数日の除草作業で終わり?)、キンモクセイも満開である。荒神橋では自宅を持たない優雅人が多く見られるようになった。
自宅を持たない優雅人て何や。
ということで、まず優雅人をもう一度説明をしておく(新聞の連載小説のように、これまでの筋書きや登場人物の説明になるが)。橋の下に作った自宅(自分で作ったという意味の家)で暮らすのは、鴨川の料亭の川床を自前で所有するようなもので優雅極まりない。ということで、このブログでは優雅人と呼んでいる。
荒神橋の優雅人は、本物の優雅人のようには自宅を持っていない。自転車、旅行かばん、キャリーバッグなどに一式を詰め込み、移動して生活している。本当の意味で自宅を「持っている」のかもしれないが。いずれは別の場所に移るのか、本物の優雅人になるのか、優雅人的生活から足を洗うのか。ややこしいので、自宅を持たない優雅人を優雅人予備者としておこう。
その優雅人予備者だが、季節が良いので河原に多い。今日は、一人はにぎり寿司セットを食べていた。スーパーかどこかの廃棄処分のものをゲットしたのだろうか。朝から豪勢だ。
もう二人は、一緒に行動しているのか、荒神橋に近い河原のテーブルを占拠し、家財道具を並べてながら、やはり食事だった。家財道具といっても、多くはスーパーのポリ袋に入ったものだが。猫がその優雅人予備者の周りをうろうろしていた。餌をもらっているらしい。数えると6匹いた。荒神橋の猫、全員集合か。優雅人予備者の一人がスーパーのポリ袋を片手に荒神橋に向かって歩いて行くので、餌をやるために別の猫を探しているのかなと思ったら、ゴミ箱にその袋を捨て、テーブルに引き返した。
これには感動した。朝の河原には、前日の夜に普通人たちが騒いだ残骸として、菓子の袋やスーパーのポリ袋やタバコの吸殻が散乱している。今まで、その責任の一端は優雅人にもあるのかなと思っていたから、謝らないといけないようだ。優雅人の方が躾が良く、普通人が出鱈目とは。それとも繊細だから優雅人もしくは予備者にならざるをえなかったのかな。

2011/10/05


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