川北英隆のブログ

グーグル不在の日本社会って

今週の日経1面にはグーグル特集が掲載されている。開始は火曜日だったか。その日の朝刊の株式面に、ITゲームの新御三家と任天堂の比較があった。頭の中でグーグルと対比してしまった。
というのは大袈裟で、「御三家というと、何で日本は単なるITゲームで、アメリカではグーグル、アップル、マイクロソフトなのや」と思ってしまう。片やほとんど100%時間つぶし、ゲームとしてはるか昔からある囲碁より格段に劣る(比べることすらはばかられる)。片や全世界を席巻し、今後も、たとえば自動車の運転を変えようとしている。
もちろん、「ゲームには鳥獣戯画以来の伝統が・・」との反論が返ってくるだろうが、どう考えてもゲームに夢中になる姿って、パチンコの世界と一緒だと思えてならない。「今は人手不足、そんなゲームをする時間があるんやったら、工事現場で働いたらどや」と思ってしまう。多分「そんな力はないのやろな」とも思うが。それではドブさらいか。
何が日本とアメリカの、こんな差を生み出したのか。すべてを理解しているわけではないが、大きな差は、抽象的に考える力の差だと思える。抽象といっても、天才ではないかぎり(天才ではないので想像だが)、現実を見て何を発想するのか、その思考回路が大きいのだろう。
しかし、現実を見て、そこからいろいろな抽象的な概念やアイデアを引き出すには、どこかで思考回路を鍛える必要がある。実際のところ、そのような思考回路を鍛えるに、どう対処すればいいのか。教育を研究しているわけでないのでわからないが、少なくとも知識の詰め込みがその後の教育の過程を決めてしまうという、今の教育が悪弊となっているのだけは確かである。
グーグルのような大志を抱いた企業の登場と成長を、日本でも実現したいものだ。

2014/08/21


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