川北英隆のブログ

両親がいなくなる難問

この歳になってみると、両親の存在は大きな意味を持っていない。だから両親がいなくなっても「そうか」という程度のものである。むしろ、大した介護もなく、「ほっとした」のが正直なところか。
小さい頃(中学生か高校の初めだったと思う)、同級生の父親が交通事故で亡くなったことがあった。その時に切実に思ったのは、「悲しいだろうな」であった。生活も大変になったに違いない。
しかし、今となれば、生活は僕自身でやっている。客観的に考えて、親が生きているほうが大変である。90歳前後になり、自由に動けない親を目の当たりにするのは、悲しいことでしかない。だから、僕の場合、完全に寝たきりになる前に逝ってくれたのには「ほっとした」わけだ。
母親が入院した直後、医師から人工呼吸器が必要になればどうするかと尋ねられた。妹と相談し、人工呼吸器を断った。母の意思を聞いてはいないし、元気な時に書いたものがあるわけでもなかった。日頃の母親の言動から、「断るだろう」と推察した。それに、意識がなくなった後も長期間、「生きている」のを見るのは、子供として本当に忍びない。
結果は、病状が回復したり悪くなったりで、1日前まで妹と僕のことを認識していた。当日、呼吸(肺)だけの問題ではなく、腎臓や脳の機能が衰え、人工呼吸器の問題以前に静かに逝ったようである(妹が側にいただけで、僕は一度京都に戻っていて、妹からの緊急の電話と、「あ、あかんわ」の声だけが伝えられた)。
両親がいなくなって、問題がなくなったのかといえば、そうではない。実家をどうするのか、実家にある仏壇をどうするのかの問題が生じている。以前から、友人との話題に時々なるのだが、大きな仏壇を都会の手狭な家やマンションに移すわけにはいかない。この難問、「ぼちぼち考えよう」と思っているものの、ずっと実家を無人にしておくわけにはいかないし、困ったことである。
両親の死去にはなかなか、やっかいな問題が潜んでいる。少子化と人口減少の中で、同じ問題が方々で生じると思う。

2015/04/15


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