川北英隆のブログ

ヘリコプターマネー大作戦とは何

ヘリコプターマネーってそもそも何なのか。空から撒いた札束は回収できない。誰が拾ったのかもわからない。この状態のことである。このヘリコプターマネーを理解するには、お札、つまり日銀券って何なのかの理解がいる。
日銀券は単なる印刷物である。精巧にデザインされ、美しいかもしれない。しかし印刷物でしかない。印刷コストは10円とか20円らしい。それが、1000円とか10000円とかの「値打ち」がある。この日銀券の値打ちは、ある意味で幻想である。「20円もかけて印刷したんや」「1円で売るで」と言われたとしても、欲しくないものは欲しくない。でも、10000円札なら、9999円までなら買いたいと思う。
そんな日銀券が毎日空から降ってくるとしたら、どうなるのか。誰も10000円札を9999円出して買おうとも、それ相当の努力をして手に入れようともしないだろう。今日、生活するに足りる現金さえあれば、明日の分は空を仰いで待つだけでいい。
日銀券の値打ちがあるのは、上で書いたように、誰もが券面通りの値打ちがあると信じている(現実に即して言えば、その値打ちを疑っていない)からである。また、今日の10000万円札が明日も10000万円相当の値打ちがあると信じているからである。
しかし、日銀券が毎日空から降ってくる日々が続いたなら、日銀券の値打ちを疑う者が登場するだろう。ある日、たまたま大量のヘリコプターマネーを拾った者は、その日銀券で保存できる物を、とにかく買っておこうとするだろう。
とすれば、特定の物(たとえば、一番保存の効く金)の値段が高騰する。こうなると、「今日の10000万円札が明日も10000万円相当の値打ちがある」とは言えなくなってくる。つまり、日銀券の値打ちが疑われてしまうだろう。
1970年代の後半以降、日本は幸せで豊かな国になった。それから40年が経過している。1990年以降は物の値段がほとんど上昇していない。ここからでも四半世紀が経過した。団塊の世代(僕もその末裔)くらいが、物価の高騰を経験した最後の世代だろう。それでも40年前のことはあまり覚えていない。だから、インフレとは何なのか、あまりピンとこない。
ということで、日銀券の値打ちを信じている割合が非常に高い。「ヘリコプターマネーってすばらしい政策ではないの」と思う者も多分かなりいるのではないのか。
現実に目を転じると、日銀は毎年80兆円供給している。この80兆円が実のところ、ヘリコプターマネーに化そうとしている。もはや国内総生産(GDP)の金額に近くなった日銀が保有する国債残高を解消する(ゼロに近づける)手段は、「ない」と言っても過言ではない。最初に書いたような、ヘリコプターマネーと同じ結果を生んでいる。
それでも、日銀券の値打ちがあまり疑われないのは(少数ながら、疑っている者は疑っているのだが)、まさに日本の平和ボケだと思ってしまう。

2016/07/23


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