川北英隆のブログ

男女同権下の女性の名字

某国営放送の桑子アナが結婚するとか。相手の民放アナが霞んでいるから、世の中は女性優位の時代になっている。で、結婚後に桑子アナの名字がどうなるのか。そんな心配をしてしまう。
桑子アナは「ひこにゃん」(ひこにゃんに悪いかな)のようなゆるキャラ風、だから人気があるのだろう。結婚後もテレビの出演を続けるようだ。
結婚後、戸籍上の名字で登場したらどうなるのか。多分、「何やこりゃ」ということで、一般受けしないだろう。そもそも、桑子という名字がキャラクターにぴったしのように思う。
芸能ニュースはこれまで。日本の社会を考えてみよう。男女平等、ダイバーシティなんて標榜し、推進しようとしながらも、政府として男女差別の本音を隠せないようだ。
その象徴(象徴の象徴かも)が皇族に関する法律(皇室典範)である。要するに、男しか天皇になれない。
昔、女帝(女性天皇)が何人もいた。イギリスも女王が認められている。これらに比べると、今の日本の制度は変でしかない。しかも、それを変えようという政府の力がまったく働いていない。
審議会的なものは、その構成メンバーでかなりの程度、結論を変えられる。そのことを十分に知りながら、今回の天皇の生前退位に端を発した議論でも、女帝はあまり議論にならなかった。というか、議論にしなかった。女性からすれば、バカにされ、後回しにされたのである。
もっと重要なのは名字である。民法改正問題において、結婚後も女性は元々の名字を使えることにすべきだとの議論が一時なされた。しかし、その後は棚上げされている。
とすれば、桑子アナの場合、男アナが桑子にするか、桑子が男アナの名字にするか、戸籍上はこの選択が迫られる。今の日本では常識的に、大多数において女性が名字を変える。桑子が戸籍において消えるわけだ。
女が活躍する社会を作るには、男は男、女は女である。それを変えられない、変えようとしない社会とは何か。安倍ちゃんは何を考えているのか。安倍ちゃんの政策から推察するに、女を産む機械、働く機械だと考えているのだろう。憲法を改める前に、法的な女性の扱いを改正すべきである。そうでなければ、「女性よ、怒れ」である。


2017/05/12


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