川北英隆のブログ

高い報酬を誇れる企業経営

本日、長ったらしい名前の「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」が1年近くの間を置いて再開された。今回はコーポレートガバナンス・コードの頭出し。僕は、経営者の報酬をインセンティブにすべきだと述べた。
日本は変な国だと思える。企業経営者には「しっかり働け」、「企業をもっと良くしろ」と期待するというか、最近の政府は命令口調である。仮にそれはいいとして、では経営者が働いたとしたら何があるのか。せいぜい、勲章という安上がりな名誉?が政府から与えられるだけである。報酬といえば、平均的に数千万円である。
ただし、社長にでもなれば顧問とかの肩書きを企業が与え、死ぬまで報酬を与える場合が多い。いわわば、細く長くのコースである。まさに終身雇用であり、終身年金の「どえらい版」とも言うべきか。
とすれば、社長としての合理的な行動は、「任期中は何事もないように、平穏無事に勤め上げ、老後は顧問として祭り上げられたい」だろう。それが本音だとしても、誰が文句を言えるのだろうか。
僕なら(社長になる能力もないし、社長になる趣味もないながら、イメージするに)、数千万の給与なら、税引き後の手取りは高が知れている。だから、社長になったとしても適当にしか働かないだろう。
社長に本気で働いてもらいたいのなら、高い報酬を支払うべきである。優れた頭と強靱な体をフルに働かせてもらうわけだから、報酬は億を下らない。企業を儲けさせ、何百億、何千億、ひょっとして何兆円と企業価値を上げることになるから、億単位の給与を払ったとしても、企業として十分に見合う。
日本の社会は変に結果の平等主義である。億の給与をもらっていると報じられると、すぐにやっかむ。
そうではなく、「すごく良かった」、「その企業の株式を持っていたから、大儲けできた」と称えるべきである。企業としても、この社長のおかげでこんなに儲かったから、これだけの報酬を払うことができたと自慢すべきである。
社長の給与が高ければ、一般の従業員の給与を上げることもできる。逆に、社長の報酬が低いと、その社長の安報酬が茶室程度の天井となってしまい、良いことがない。
念のために言っておけば、先進国はもとより、アジア諸国との比較でも、日本の社長の報酬は安い。社長が安い報酬しかもらっていないということは、それだけの値打ちしかない、ちっぽけな企業だと自己評価しているようにも思えてしまう。残念である。


2017/10/18


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