川北英隆のブログ

財界の大物の賞味期限

東芝の西室氏が死去したとか。面識はない。自主規制法人として東芝の上場維持を決めた直後だけに、タイミングの一致を感じる。彼が必死に朗報を待ったのか、こちらがタイミングを合わせたのか。
西室氏とは面識がないものの、彼が会長だった時、東芝の取締役だった人物を知っている。さすが東芝という周囲の評価だったし、それに異論なかった。その後、どうなったのかはフォローできていない。10年もっと前のことだし、こちらのポジションも急変した。
西室氏が偉大だったのかどうか。僕としての結論は、晩節を汚したのではないかと思う。彼が悪かったとは断じることができないものの、時代の急激な変化に応じられなかったのだろう。
1996年に東芝の社長、2000年に会長、05年に相談役に着いたという。日本経済が大きく変化する時期だし、世界経済も大転換を遂げようとしていた。
2000年前後、ITの時代が急ブレーキを踏んだと思えたものの、実は新興勢力(アップル、グーグル)が急激に台頭する時代だった。
一方、CO2の削減問題で原子力が持ち上げられたものの、周知のように大きなリスクが潜んでいた。日本政府はそうとも知らず(知りながらも目をつむり?)、東電をはじめとする電力業界と東芝を巻き込んで、原発に大きく踏み込んだ。その日本政府の政策と同調した功績だろう、西室氏は東証、日本郵政のトップに就いた。
西室氏をけなす意図はない。事実を記しておく。今回の東芝の不正会計事件の端緒は西室氏が会長だった2003年に起きている。ウェスティングハウスの買収は西室氏が相談役に退いた直後の2006年である。相談役として隠然たる影響力を有していた、いわば院政の時代である。その後の日本郵政では、オーストラリアの物流会社を買収し、すぐに巨額の損失を計上した。
知らなかったが、東芝に入社してすぐに難病を患い、死に直面したらしい。死生観が激変し、ある意味で気力によって偉大な経営者になった。
しかし、世の中はたやすくない。経済が順風満帆で伸びていれば気力が重要である。一方の現実はというと、1990年代後半から激変し、方向感を大きく変えないといけない環境となった。経営者の意識変革も当然に求められる。しかし、西室氏は対応できなかったのではないか。
それまでの成功体験を単純に延長するだけであれば(気力だけで経営するのなら、大なり小なりそうならざるをえないし)、何が起きるのか。時代の流れとの乖離である。
経営に気力が重要なのは確かである。決断とは、最後は気力である。しかし、不確実性の高い経済環境においては、決断する前に緻密な計算が必要となる。計算に裏打ちされた決断と言い換えられる。また、予定どおりに進まなかった場合を想定し、逃げ道を探っておくことも求められる。
西室氏には、これらに対する理解が相当足りなかったのではないのか。混乱時の東芝を見るにつけ、そう思う。時代から乖離しつつあるという認識が十分にあったのなら、東芝では相談役になるべきではなかった。ましてや、日本郵政のトップになるべきではなかった。
以上が僕の理解である。

2017/10/19


トップへ戻る