川北英隆のブログ

高校の同窓会に出席して

高校の同窓会が奈良は富雄にある百楽荘という、料亭だろうか、そこで開催された。高台にあり、庭(紅葉が盛り)と和式の部屋が立派だった。43名が出席と返事をしていた。1学年150名、すでに何人か亡くなっているから、3割が出席したことになる。
富雄の付近は自然が豊かだった。富雄川が流れていて、郡山からも近い。子供の足でも富雄川に行けたから、小学生の頃には友達と遠出したことがある。一種の冒険である。夏の夜は父親に連れられてホタル狩りに行った。松茸狩りの山もあった。
大学生の頃まで、富雄の駅は田舎駅の雰囲気だった。隣の学園前が高級住宅街、生駒が行楽と新興住宅街だったのに比べ、その2つに挟まれた富雄は近鉄の普通しか停まらず、遅れていた。
それだけに、大阪のベッドタウンとして富雄周辺に開発の手が伸びると、土地持ちが大金持ちに変じた。
亡くなられて10年ほど経つ元日経新聞の吉村光威さんの故郷も、この富雄川にある。山持ちで大金持ちと聞いたことがある。かつての松茸山がマツタケではなく聖徳太子や福沢諭吉を産したのだろう。
以前にも書いたと思うが、この年齢になると外観は人それぞれである。東京や福岡方面からやってくるのもいる。とはいえ、話題の多くは「体調が」とか「両親の介護が」とかが多い。サラリーマンをやっていた多くはリタイアしている。医者をはじめ、自営業はまだ現役で(毎日働いていて)、こちらの方が元気かもしれない。
会が終わった後、友達のM君が「20分くらい時間がある」という。駅前の喫茶店をようやく探し、そこで雑談した。M君も、92歳の母親の介護で大変だと話していた。その日は奥さんが旅行とか。デイサービスに行った母親を迎えるため、M君は夕方5時までに帰る必要があるらしい。
「僕らは飽食の時代やから、親の代ほど長生きせんで」と話したら、「長生きしてる親の世代を見てるから、そこまで生きたいとも思わんし」とのこと。納得である。

2017/11/19


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