川北英隆のブログ

会議の事前説明をどうするか

いろんな会議に出ている。と、かつてに比べ、「事前説明」などを行う日程をどうするのか尋ねられることが多い。この事前説明をいかに評価し、対処するのかは悩ましい。
一般論として事前説明が必要な(もしくは事前説明してほしいなと思う)理由はいくつかあろう。その理由を突き詰めると、2つとプラス1つにばかりに括れると思う。
1つは、会議のメンバーとして、ある議案を会議で議論しなければならない背景がわからない場合である。日常的に(つまり常勤として)事務に携わっていないと、会議に案件が上がった真意を理解できないことがあるから、的を射た議論ができない。
とすれば、事前説明の目的とは、会議資料そのものの説明というよりも、資料の裏側にある事実を説明をしてもらうことだとするのが正しい。
もう1つは、会議メンバーとして最低ラインに立たせるための事務局側の配慮(悪く考えれば会議メンバーとしておくためのアリバイ作り)とでも言うべきだろうか。要するに、会議メンバーとしてのそもそもの能力不足や、メンバーの老化による能力不足を補うための予習の時間である。
この点に関して、僕がモットーとしている言葉というか意見を紹介しておく。それなりに名の売れた先輩が会議に出席する心構えとして言うには、「会議の場で初めて見せられ、多少説明された資料を、その場で理解し、何らかの意見を持たないとするのなら、それは能力不足を意味する」(以上は意訳している)と。彼として、事前に(説明なしに)資料をもらったとして、それを予習することもほとんどないのだろうと思っている。
現実問題として、初めて見せられた資料を、それも大部ともなると、即座に理解するのは難しい。よく使う手は、「ここがポイント」と考えた部分を質問することである。答えてもらっている間に考えればいい。とはいえ、そんな長々と質問できるわけがないから、日頃からの問題意識が重要となるだろう。
プラス1つとは、会議の事務局側の事情である。会議出席者の意見を事前に知っておき、会議本番での質問や意見に的確に答えたいというニーズだろう。内情は理解できるものの、こればかりは保証の限りでない。というのも、事前説明を受けた時の知識レベルや、その日の気分もあるから、本番で同じ質問や意見が出るとはかぎらない。
この点、国会での質疑が、事前の質問書と、それに対する応答でできているというのは理解できない。事実と違うことを言っては大問題だとの配慮は理解するものの、答弁者の能力はどうなっているのだろうか。
こんなブログを書いた理由がある。東京での会議があるとして、その事前説明のために東京に出ていくのが大変だからである。ついでがあれば出掛けることを躊躇しないとはいえ、僕としては、事前説明とは要点を絞り込み、最低限説明してもらうことで十分だと思っている。もちろん、上で書いた「プラス1つ」が主目的だとすれば、そういう設定をしてもらえればと思うだけである。

2018/11/27


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