川北英隆のブログ

官民ファンドの役割と実態

昨年12月、産業革新投資機構の社長以下、民間出身の取締役9人が辞任した。報酬額を巡り、産業革新投資機構の監督官庁かつ設立母体(政府95%出資)である経済産業省と食い違いというか約束違反が生じたのが辞任の理由だそうな。考えさせられる事件である。
2009年7月、つまりリーマンショックのすぐ後、サンセット条項(2024年度まで存続との条項)入りで、産業革新投資機構の前身である産業革新機構が設立された。これが官民ファンド(むしろ官ファンドと言うべきか)の嚆矢である。
まず、この産業革新機構の活動を簡単にまとめておく。
機構の事業活動は日本の産業を育成し、活性化させることにある。投資先一覧を見ると、確かに投資先としてベンチャー企業の数が多い。
その一方、日本が有する技術や経営力を使い、経済を立て直すとの名目において、事業再編の案件も手がけた。リーマンショック後の状況においては、この案件が優先された。
実際のところ、再編に伴い大株主となったルネサスエレクトロニクス(東証コード6723)、ジャパンディスプレイ(6740)などを上場させている。初代社長の能見さんが語っていたが(実際もそうであるが)、この上場時の売却益と、現在も保有しているこれらの株式の含み益が産業革新機構の業績を支えてきた。それもそのはずで、機構としての投資額はこの事業再編の案件で半分を超えている。
経済産業省の狙いは、もちろん表向きにはベンチャー企業の育成だったが、裏側なのか、やがて期待されたのかはともかく、上場企業の駆け込み寺的な役割もあった。シャープや東芝の経営と事業の再編に際して、経済産業省は産業革新機構を使おうとしたらしい。そう報じられている。
また、経営を審査、評価する委員会に産業界の大物も入っている。委員会としてもシャープや東芝級の大企業をみすみす潰すわけにはいかないだろう。
さて、産業革新機構が時限付き組織なので、2018年9月、経済産業省は新たに産業革新投資機構を作り、その下にこれまでの産業革新機構(既存の投資案件を対象)をぶら下げるという再編を行った。産業革新投資機構は新たに投資を行うことができるようになり、9年間の延命が実現した。
最初の議論に戻ると、この新たな産業革新投資機構の経営組織がもめてしまったのである。産業革新投資機構が実質的に崩壊したとの報道もある。
このような危機に陥った原因が報酬問題である。当初、経済産業省は「成功報酬を含む、民間企業にふさわしい、インセンティブのある報酬」を約束したらしい。それが政府内の議論で覆ってしまった。
報道では、国家公務員に準じる者に1億円を超える報酬を払うのはおかしいとしている。とはいえ、この批判には疑問がある。国家公務員やそれに準じる者の給与に序列があるのは事実である。初代社長の能見さんの場合、役所の事務次官よりも少し下で決められていたとか。一方、多少のインセンティブを与えないと優秀な人材が集まらないのも現実である。ここに、給与で序列を作るという発想の問題がある。
もっとも、純粋民間ファンド並みの給与を役職員がもらうのも変だと、ある業界関係者が語っていた。民間ファンドの場合、最大のハードルは「投資資金を集めること」である。確かに、資金さえ集まれば、余程ヘマをやらない限り、ある程度のリターンが得られる。僕の知るすべての民間ファンドも、この資金集めに大変苦労している。
産業革新機構とその後継である産業革新投資機構の場合、この資金集めの苦労がまったくない。だとすれば、給与を純粋民間ファンドと同じように考えるのは大間違いである。この点、経済産業省も、辞任した民間側も素人だったと考えていい。もしくは、経済産業省が素人で、民間側が駄目元でふっかけたのかもしれない。
能見さん曰く、機構に入ると、実質的な出資者である経済産業省はもちろん、政治家からもいろいろ無理難題と注文が付く。無理難題はもちろん、注文を是々非々で処理するのが社長としての重要な役割だったと。この点は役所の事務次官の役割に類似する。とれば、事務次官の給与に準ずるのにも一定の理屈がある。
今回のような処遇面で喧嘩をするのであれば、無理難題を押し付けられた時にこそ喧嘩し、「やーめた」と言うのが拍手喝采ではなかったのか。そう思えて仕方ない。

2019/01/13


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