川北英隆のブログ

小谷山を歩く

先週歩いた賤ヶ岳の続きである。長浜から余呉にかけてのもう1つの本命、小谷(おだに)山を歩かないといけないと思い、歩いてきた。
小谷山は浅井氏の居城があった。難攻不落の山城として名高い。さらに、城主であった浅井長政と織田信長の妹(疑問もあるらしい)、市が居住していて、その3人の女の子供、茶々(後に淀、豊臣秀吉の側室)、初(京極高次の正室)、江(最終的に徳川秀忠の正室、徳川家光の母)も暮らしていた(何歳までかは調べていない)。
その小谷山、495メートルだから、それだけでは物足りない。城は僕の趣味の外だし。
というので、今回は小谷山の前後に小山を付け加えた。1つは雲雀山、145メートルである。小谷山から南に伸びる稜線の端に位置する。もう1つは涌出(ゆるぎ)山、200メートルである。先週歩いた、北は賤ヶ岳、南は山本山に至る稜線の真中付近から、少し東に突き出たような丘である。
このうち、雲雀山は小谷山に登るついでに立ち寄れる。今回は北陸本線の虎姫駅から歩き、雲雀山に立ち寄り、下りてから小谷山の登山口へと歩いた。距離はわずかである。
小谷山は、本丸を含め、いくつもの砦のあった南南西の尾根を登り、山頂に達した後、南尾根を下った。この南尾根にも砦跡が2つある。
小谷山を下りると、河毛駅が近い。そこから電車を利用し、北陸本線の2つ先の駅、木之本で降りた。駅からは歩き、南西に位置する涌出山を往復した。
先週よりも1本遅い電車(7時前に京都駅を発車する普通)に乗ったのだが、帰りは同じ新快速になった。今回の朝の普通電車、先週乗ったのよりは混み方がましだった。帰りの新快速は16時前に京都に着くので、前回と同様に空いている。
山を歩いていても、風が少し冷たく感じる季節になっていた。ツクツクボウシが鳴いていたが、弱々しかったから、もうすぐ店仕舞だろう。
写真は河毛駅の手前から見た小谷山である。かつて、右手の段々になった尾根に本丸などの主要な建物があった。中央左の頂上へは、本丸の先から一旦少し下り、急登する。
20201006河毛付近からの小谷山.jpg

2020/10/06


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