川北英隆のブログ

有王山を越える

大焼山から、登り口となった東の方に戻り、そのまま尾根を東へと歩いた。道は明確である。420メートルの等高線のピークの手前で、右手に巻道がある。その巻道に入ると、420メートルのピークから尾根を下りてくる道、つまり南谷川の分水嶺の道に合流する。
この分水嶺上の道はよく踏まれている。玉川の北側の尾根を忠実にたどれば、南谷川に下りることなく大焼山に登れたはずと思ったのも、このよく踏まれた道を見たからである。
送電塔の横を通ると、すぐ下の峠に出る。南谷川に沿った林道がこの峠を越えている。その林道を東側に下り、有王の村落に入る。すぐに井手と和束を結ぶ車道にぶつかる。小学校の分校がある。果たして子供がいるのだろうか。
その車道を横切る形で直進し、沢沿いに点在する有王の村落を上っていく。南側に有王山がのっぺりと大きい。後醍醐天皇がどこに隠れ住んだのかはわからなかった。
左手に寺を見つつ、沢沿いの車道を上がると分岐になる。沢沿いに直進すると何とか窯とか。右に大きく折れる車道が有王山の登り口への道で、さらに奥にある村落、平ヶ谷に通じている。
車道がもう一度大きくカーブする地点の左側に灯籠があり、その少し上に赤い鳥居が見える。その鳥居に向かって参道が付けられている。これが有王山への登り口である。
参道は広い。村人によって整備されているのだろう。神社には鳥居と小屋風の建物がある。扉が閉まっていて中は見えないが、小屋の中に社がある雰囲気だった。賽銭箱がなかったので、鳥居にお金を置いてきた。
神社からは普通の山道になる。道は山頂部を回り込み、南側の小さな鞍部に至る。その鞍部から少し急登して有王山の頂上に着いた。植林と広葉樹の混じった山頂で、展望はない。
頂上から鞍部に戻り、尾根道を南下すると、先程の車道に出る。よく見ると車道の南側に山道が付いている。これが山吹山への尾根道の始まりである。
上の写真は有王からの有王山、下は有王山への登り口である。
20210116有王山.jpg

20210116有王山登山口.jpg

2021/01/16


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