川北英隆のブログ

大宇陀の西山岳と城山を歩く

今週は中学校からの同級生、M君と大宇陀に出かけた。大宇陀とは、柿本人麻呂「東の野に かぎろひの立つ見えて かへり見すれば月傾きぬ」(万葉集)の地の中心である。標高300メートル少しの、盆地状の高原にある。そこの2つの山を歩き、ついでに歴史を訪ねた。
京都から行くには、近鉄京都線・橿原線を使って八木駅まで行き、そこで名古屋方面行きに乗り換え榛原駅で降りる。駅の南口から大宇陀方面へのバスが出ている。京都から榛原まで1時間半、バスは15分ほどで大宇陀に着く。
榛原には宇陀市役所がある。大宇陀も宇陀市で、古くは城下町だった。さらにいえば、宇陀市の大部分は僕が子供の頃、奈良県宇陀郡であり、山奥のイメージが強かった。2006年に町村合併によって宇陀市になった。
その宇陀の山、どこに登ったかと言えば、大宇陀の西にある西山岳(687メートル)と、東にある城山(471メートル)である。この2つの山の頂上には三角点がなく、少しだけ離れた場所に設置されている。西山の北西の701.8メートルの三角点(点名、西山岳)、城山の南西の440.7メートルの三角点(点名、拾生=ひろう)である。そこへもついでに登った(趣味的)。
この2つの山、地図を見ればわかるように、そんなに距離が離れているわけでない。西山岳に登り、下りながら咲き始めた桜(又兵衛桜、北向き地蔵の桜)を見つつ大宇陀に戻り、道の駅で昼食にした。
昼食後に城山に登り、下山してから大宇陀の町を見学した(松山西口関門、薬の館、森野旧薬園)。
戦国時代に大宇陀にあった城は1615年に取り壊されている。その後の大宇陀は薬の町として発展したとのこと。ツムラ、ロート製薬、藤沢薬品(現在のアステラス製薬)、笹岡薬品が大宇陀の発祥である。ついでに書けば、武田薬品は奈良県河合町が発祥とあった。宇陀が薬草の栽培に適していたこと、輸入先(中国)や消費地に近かったことで発展したのだろう。
奈良の山里にも春がいっぱいだった。子供の頃には関心のなかった大宇陀の歴史にも触れた。年寄りのリクレーションと冷水的な勉強だろうか。
写真、上は又兵衛桜であり、その後ろの山が西山岳である。下は森野旧薬園のカタクリである。
20210318又兵衛桜.jpg

20210318カタクリ.jpg

2021/03/18


トップへ戻る