川北英隆のブログ

運転免許証を返納する

運転免許証を自主返納した。年齢が70歳以上になると講習が必要になる。要するに「ボケていないかどうか」の判定である。そんな判定を受けてまで免許証を更新する必要もない。というのも、運転なんて万が一の場合を除いてないし、今までそんな機会もなかった。
運転免許を取得したのは1971年、ニクソンショックの(ニクソンが米ドルと金との兌換停止を宣言した)年の、ちょうどその当日を挟む期間だった。
その年の夏休み、大学を卒業したら運転免許が必要になるだろうとの朧気な予想から、夏休みを利用して自動車学校に通っていた。そんなある日(日本の8/16)にニクソン大統領の発表があった。経済に大変動をもたらすのは理解していたから、どうなるのかと思いつつ自動車学校に出向いた。なお、これは歴史に残るショックなのだが、どんなショックだったのかはこのブログのテーマでない。各自で調べてほしい。
自動車学校を修了し、当時必要だった外部での学科試験を経て、10/8に免許証を交付してもらった。自動車学校での実地試験は一度で合格、学科試験も当然簡単にクリアした。
「でもね」である。僕の性格は運転に不向きだった(そう思っている)。自分の技能水準を無視し、完全な運転技術があるとの前提で運転をする。だから父親の車で慣らし運転をしていたところ、他の車との衝突が1回、自損事故が2回だったか、それらが短期間のうちに生じた。「こりゃあかんわ」というので、運転を諦めた。
正確には覚えていないが、大学を卒業して以降、運転していないと思う。例外は10年程度後だったか、家内が免許証を取得した初期の頃、運転練習に付き合い、「(この下手な駐車)アホかいな」というので駐車場で少し運転を代わった程度か。上手にできた。
運転免許証を40年近く(あまりに昔で計算間違い、50年近く)持っていたことになる。その書き換えのタイミングは、当初は3年毎だったが(多分)、最近は当然ゴールドなので5年毎である。郡山の時代は近くの警察署に歩いて行った。東京に移ってからは府中の自動車試験場だったため、1日がかり、当然(ラッキーというので)会社を休んだ。京都では長岡天神の辺鄙な場所へ、やはり1日がかりだった。
ところで、最近京都駅前に更新センターができたようだ(以前からあったのかどうかは調べていない)。今回はそこに出向き、返納した。わずか30分で手続きが終了し、一生もんとかの「運転経歴証明書」をもらった。説明によると、「マイナンバーカードはないやろ(そうやけど・・)」「これさえあればマイナンバーカード以上に、"私は誰"の証明になる」とか。「やったー」である。よく考えると「変なの」だが、これが日本の現在の行政である。

2021/06/29


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