川北英隆のブログ

木を見過ぎて森を見ない日銀

日銀総裁の黒田さんの任期は2023年4月まで、残り2年を切った。13年に就任、消費者物価上昇率2%を目指し、当初は大胆な金融緩和を進めた。大量のマネーを市場に注ぎ込み、マイナス金利と株高を演出した。
それから9年近くが経過した現在はというと、消費者物価は依然としてゼロ近辺で推移している。金利もゼロ近辺で推移しているから、預金金利は計算するのも馬鹿馬鹿しいほどの金額しかもらえない。
これに対して株価には目覚ましい効果があったのではないか。そんな期待を込めつつ、黒田総裁就任直前の13年3月末とこの8月末とを比較し、上昇率を計算した。と、東証株価指数(TOPIX)は89.5%、日経平均株価は126.6%であるのに対し、アメリカの代表的な株価指数であるS&P500は188.2%、ドイツのDAXは103.1%である。
要するに株価は、黒田総裁就任前後の飛び出しは良かったのだが、いつしか日本が息切れし、日本代表のTOPIXは遅れをとってしまった。日経平均株価はというと、ドイツに勝っているものの、アメリカには大きく引き離されている。
その日経平均株価の上昇だが、特定企業の貢献が大きく、採用されている225社の間の格差が非常に大きい。この格差は日経平均株価とTOPIXの上昇率の大きな差にも表れている。
以上の現状を客観的に評価すると、このままだと黒田総裁の10年間が「素晴らしかった」と評価されることはないだろう。むしろ物価と金利のゼロ近辺での推移が、逆に低評価に結びつくかもしれない。
では、どうしようもなかったのか。そうではなく、どこかで日銀が間違ったのか。
僕が03年に大学教員となって以降の、企業経営者との話や企業分析の結果をまとめるに、次のように考える。08年のリーマンショックに始まった日銀の金融緩和政策は、当初はともかくとして、やがて間違いの泥沼に踏み込んでしまったのだろう。11年の東日本大震災という不運があり、そこから立ち上がるために黒田総裁が超金融緩和に踏み切ったことまでは「是」としたとしても、その後のいつ果てるともない超金融緩和政策は多くの日本企業をダメにしてしまった。
政府の号令一下、極めて安い金利で資金の供給を受けられる多くの企業の現実は、日本の小学校の運動会と同様、「お手々つないでゴールイン」の生温い社会を国内にもたらした。でも国外は当然厳しい社会だから、外で戦える日本企業が絶滅危惧種になった。
現在、日本で企業が潰れるのは余程のことである。不採算事業からの撤退も珍しい。これらは「お手々つないでゴールイン」の社会だからである。そんな落ちこぼれのない社会では、かえって過当競争が生み出され、赤字が出ない範囲での安売り合戦となる。だから物価が上がらない。企業としては十分な利益を稼げないから、投資家にアピールできなくなり、株価が上がらない。それどころか、ぎりぎりの黒字だから、賃金を上げることすら難しくなり、賃金水準で(日本人の多くが馬鹿にしがちな、僕は飯が美味いと思う)韓国にさえ追い抜かれた。
ついでに書くと、物価上昇は生活に響くが、片方で賃金が上昇すれば満足である。1980年代までの日本はそんな社会だった。
金融政策として望まれるのは、「お手々つないでゴールイン」政策からの脱却である。ダメ企業を廃業に追い込んでいいのではないか。不採算事業からの撤退を迫っていいのではないか。
その一方、若者には「寄らば大樹の陰」は嘘で、幹が腐っているかも知れないと教えるべきである。若い企業で力いっぱい働くか、自分で起業するか、技術を身に付けて伝統企業を守るか、それとも社会福祉的な活動に身を投じるか、いずれにしても魅力を感じる職業を選択するのが正しいと教えるべきである。そんな職業を見つけられるまで自由に転職することも、必要な経験である。
この政策を打ち出すためには、選挙を考えて人気取りに走りがちな政治を説得する必要がある。もっと大局的に日本経済を観察し、動かすべきだと。ある企業の経営が、この企業の事業が危ないと大騒ぎするのは政治家の仕事ではないし、日銀の仕事でもない。日銀総裁の重要な仕事の1つは、この説得ではないのか。
株式投資の格言にもあるように、「木を見て森を見ず」では大損する。黒田総裁の10年近くは、結局のところ、木を見過ぎてきたのではなかろうか。ある意味で繰り返しになるが、就任当初は東電の大事故から2年しか経過していなかっただけに、当初は木を気にするのも仕方なかったと思うが、もはやその事故から10年が経過してしまった。

2021/09/14


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