川北英隆のブログ

日本銀行の敗北とは

黒田日本銀行は敗北した。これが10年間の黒田総裁の成果である。言い訳しておくと、この敗北の全責任を黒田総裁が負うものではない。経済政策の失敗が本質である。だが、政府に政策の変更を強く訴えなかった点において、日銀にも責任の一端がある。
国民総生産(GDP)を調べると、ある程度わかっていたとはいえ、驚いた。
統計の基準は変化する。現在の基準での名目GDPは1994年度から公表されている。それから2020年度まで、26年間の成長率は年率0.2%にとどまる。2000年度からだと、なんとマイナス成長(-0.02%)である。2020年度は新型コロナの影響を受けているので、2000年度から19年度までで計算し直すと年率0.2%成長となる。いずれにせよ、カメの歩みでしかない(カメさん、ごめんね)。
黒田総裁が就任したのは2013年度からである。その前年度である12年度から20年度までの8年間、名目GDP成長率は年率0.9%と、それ以前と比べて「少しましやん」となる。13年度、14年度と、バズーカ砲と呼ばれた「びっくり金融超緩和政策」が効いたのだろう。
しかしその後、14年度から20年度までの6年間の成長率は年率0.4%に落ちている。15年度をスタートにして20年度までを計算するとマイナス成長である。先に述べたように、20年度はコロナの影響があるから。とはいえ実のところ、17年度から19年度までの3年間はほとんど横ばい、ナマケモノの歩みを記録した。
この状態だから、黒田総裁の10年間に、グローバルな観点から日本の地位が落ちたのは当然である。ウクライナが侵攻され、世界が分断危機に直面した瞬間、日銀に席を置いたことのある著名エコノミストが「安全資産としての円が買われる」と明言した。実際のところは円安が進行してしまった。そのエコノミスト同様、日銀の首脳部はいまだに日本の経済力を信じているのだろう。過去の延長だけで物事を考えてしまい、現実を直視していない。
ジャパンパッシング(Japan passing、日本の素通り)が進み、欧米の投資家はアジアの他の国を注視している。日本の経済力が落ちているのと同時に、注目すべき企業が日本から次々とフェイドアウトし、ごく少数の企業さえ見ていれば十分な状態になった。そう海外は思っている。円安はジャパンパッシングがいよいよ本格化した証拠だろう。
日本の地位が落ちた大きな理由は、国内企業が過保護に置かれているからと考えていい。
2008年のリーマンショック、11年の東日本大震災によって大きなダメージを受けた日本経済を守るために超金融緩和政策を採用したのは仕方なかったかもしれない。しかしその後の10年間以上、超金融緩和政策を続けたことが正しかったのか。
政府は日本企業に競争原理を導入すべきだった。鳥はヒナを巣立ちさせるため、エサを与えない状況を設ける。一方の日本政府と日銀は、口を大きく開けるだけで飛び立とうとしない企業に、金利ゼロのエサを与え続けている。株式も買い支えている。企業は日本という巣の中で太り、命を永らえているが、もはや世界という外界に飛び立てない。
日銀として必要だったのは、企業の競争と淘汰を政府に申し出ることだった。エサをねだる企業に対して、少しでいいから金利を徴収し、買い支えた株式(ETF、上場投資信託)を売却し、巣立ちを促すことだった。そうした時、ヒナが弱り、巣から落ち、死ぬかもしれない。その死んだときの準備を(従業員をどうするのかを含め)政府に促すことだった。
もはや遅いかもしれないが、まだ間に合う可能性が残されている。しかし黒田総裁にはそのつもりがまったくないらしい。本音かどうかは不明ながら、「円安は日本経済にプラス」との趣旨のことを先日の会見で喋った。任期は残り1年、ここで方針を曲げたのなら「黒田の負け」が確定してしまう。方針を曲げなければ、勝つチャンスが残される。といっても、神風が吹けばのことだろうが。

2022/03/20


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