川北英隆のブログ

住友林業に思う

日経の名物コラム「私の履歴書」、今月は住友林業の元社長である。(失礼ながら)名前を調べると矢野龍さんである。住友林業は就活で会社訪問した企業だから興味がある。
残念ながら当時の住友林業は、矢野さんのように(読んでいる限り)ハチャメチャに仕事をしないと浮かばれない企業のようだった。いきなり大企業病とベンチャー企業の両方の困難を味わうような。
思い出すと、会社訪問した後(1973年5月か6月に会社訪問した、その後に)、(形式上の)採用開始の7/1の間際になって、住友林業から「よかったら7/1に来てください」というような内容の葉書だったか手紙が自宅に届いた。
どういう意味なのか。つまり7/1に出向くと大きな問題がない限り採用してもらえるのか、それとも最初から本気の面接が始まるのかどうか、不明だった。そんなあやふやなことで、他の内定企業を棒に振ってまで7/1に住友林業に行く理由もない。
その時、「7/1に来てくれれば採用します」と匂わすような内容であれば、大いに迷ったと思う。金融機関から内定をもらった後に住友林業を訪問したのは、そこでの仕事が好きになるような予感があったから。
僕が住友林業を就職候補の1つにしたのは、山というか大自然を相手に仕事ができそうだったからである。今でいうエコ(環境関連)企業だと、早い段階で感じたのかもしれない。とはいえ当時の実態は、まだまだ幼児期の企業だったのだろう。
いまだに以上のことを覚えているのは、会社訪問以降の対応に「変な企業やな」と強く感じたからである。
いつ父親に住友林業の株式を買わせたのかは定かではない。就職候補の1つにしたことからすると、1980年前後の可能性もある。記憶が定かでないのは単純である。際立った投資収益をもたらさなかった。
それが最近、伸びている。エコに乗ったのか、もしくは他の要因か、よくわからない。というのも、大した株数を相続しなかったからでもあるが。
矢野さんの履歴を読んで感じているのは、本部というか上層部というか、その事なかれ主義である。「だから最近まで伸びなかったのだ」と納得した。住友金属鉱山の子会社だという奢りというかプライドも影響したのだろう。会社全体としてやる気がなかったとしても、地位は安定していた。
だから事なかれ主義に陥り、外から見ると経営がシュリンクしていく。今の多くの日本企業、日本社会の縮図が、50年近く前の住友林業に出現していたのだろう。
それを打ち破ることの困難と重要性を楽しみにして、今月の残り10回を読みたいと思う。

2022/06/20


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