川北英隆のブログ

貝吹山を越えて飛鳥駅へ

新沢千塚古墳群を少し見た後、南に少し歩き、古墳群の真中を通る県道に出た。このブログを書くためにグーグルマップを見るまで知らなかったのだが、この県道の南側にも古墳群が広がっている。車道や周囲の村落により、過去に多くの古墳が失われているのだろう。
県道を500mほど東に歩き、南に折れると宣化天皇陵の西北の角に出る。濠があり、また島になった陵には木々が茂り、古墳群と格の違いはあるものの、墓であることに差はない。
土手に沿って東へ歩くと拝所に出る。その後も土手を歩いたのだが、人家の裏庭に出てしまった。拝所から先の土手は、天皇陵の濠を延長して造った溜池のものだったようだ。
人家から鳥屋の村に入り、農業用の道を南に歩く。道が細くなり、獣避けの柵にぶつかる。ここから貝吹山への道が始まる。林の中に入り、200m近く歩くと峠に着く。下ると南妙法寺の村である。
峠から南の尾根に入る。取っ付き部分が狭いので注意しつつ踏み跡を登る。後はクヌギの目立つ尾根道になる。多少アップダウンがあり、分岐もあるのだが、整備された尾根道を歩けばいい。途中、高取、音羽の展望が得られる。
最後は木で土留めされた階段状の道を登り、山頂部に着く。建物があっても不思議ではない平坦な広がりがあり、まさに城跡である。大和の豪族、越智氏の城があったそうだ。
三角点(209.9m、点名は貝吹山)は山頂部の一段高い場所にある。「牛頭(こず)天王の塚」と呼ばれる円墳の上に三角点が設置されているそうだ。山頂部は疎林になっていて、金剛、葛城、二上、生駒、畝傍などが見える。昼食にちょうどいい。
下りは南へ向かった。三角点のある高みを越すと道がある。最初は急な下りで、それが終わると深い竹藪に入る。楽しくない道ながら、あっという間に車道に出る。標高差110m程度かつアップダウンもないから当然なのだが。
下りた横にカンジョ(乾城)古墳があるので見学した。工事中ながら、横穴を見ることができる。
後は近鉄吉野線の飛鳥駅に出ることにした。車道を東へ700mほど歩き、北に折れて牽牛子塚(けんごしづか)古墳をついでに訪れた。その手前に真弓鑵子塚(まゆみかんすづか)古墳があるので寄り道したのだが、昔に整備したまま放置されている様子で、横穴には工事用の柵が置かれ、入れないようにしてあるだけだった。
これに対して牽牛子塚は手の入れすぎだった。後で調べると、元来は天皇陵であり、その横にある越塚御門(こしつかごもん)古墳には皇女が埋葬された可能性が高いとか。だから過剰に整備されているのだろう。両方とも横穴はちらっとしか見えない。事前予約すると別らしいが。
牽牛子塚を下ると飛鳥駅なのだが、そのすぐ西側にある岩屋山古墳も見学した。入口は南側にある。古墳の西側は削られてしまったそうだが、石室そのものは残っており、中に入ることができる。当日見た中で一番歴史を感じる場所だった。
いずれにしても飛鳥は古墳だらけである。大和の豪族たちの集団墓地と言うべきか。一度本気で飛鳥を歩かないといけない。
上の写真は貝吹山の山頂部である。奥の高い場所に三角点がある。下は岩屋山古墳の横穴である。
20221203貝吹山.jpg

20221203岩屋山古墳.jpg

2022/12/03


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