川北英隆のブログ

トラも歩けばトラに当たる

今年はトラ歳だった。そのトラ歳の締めにふさわしいイメージに当たってしまった。
先日は山城、近江、伊賀の国境である三国塚を歩き、帰りに正月堂を拝んだ。つい150年ほど前まで、近畿は文化の中心、財も集まっていた。それだけに、ちょっと歩けば文化財に当たる。
正月堂もその1つである。「何でこんな鄙に」と思うのだが、奈良(大和)や甲賀からの街道が近くを通っているのだから、立派な寺院があっても不思議ではない。
その正月堂、実はもう1つあり、そこをすでに見ていたのに気づいた。笠置山である。笠置は二月堂のある東大寺と縁が深い。東大寺の多くの木材が木津川を使って運ばれた。「木津」の地名が名残りである。当時、その運搬の難所が岩場の多い笠置付近だった。それ故に笠置が祈りと信仰の場になり、東大寺との関係が深まったのだろう。
笠置にある正月堂は焼け、今は場所を変えて小さめの建物になっている。それと比べれば(比べるなと言われそう)、島ヶ原の正月堂は立派なまま残っている。
笠置の正月堂の起源は良弁和尚(751年、東大寺の初代別当)まで遡る。一方、島ヶ原の正月堂は751年に東大寺の実忠和尚(良弁の弟子とか)によって建てられた。実忠が笠置山で祈り、二月堂でのお水取りの起源をもたらしたとされるから、笠置も島ヶ原も由緒正しい。
話が横道に逸れた。
正月堂から島ヶ原駅に向かって歩いていると、何かがこちらを見ていた。写真がそれである。トラが子トラをくわえているのか抱いているのか、こちらを見ていた。
石の彫り物(磨崖仏)の多い地域だから、トラの古い彫刻かなと思った。近づくと、そうではないらしい。山の神様とトラ歳とが、トラの僕に贈ってくれたのかなと思う。勝手解釈かな。
確かなことは、今年も何やかんやと言いつつ過ごせた無事をトラ岩が見守っていたことだろう。
20221231トラ岩.jpg

2022/12/31


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