川北英隆のブログ

可哀そうなウズラちゃん

今日は4年に1度の2月29日、余分な1日に余計なことを書く結果になるかもしれなのが「ウズラの卵事件」である。「ウズラの卵を給食に入れない」措置は責任回避的で姑息である。と書いて、「姑息」は年配の女性蔑視的な単語だなと思ってしまった。
子供が誤飲で死亡する事例を調べると、母乳、菓子(コンニャク畑を思い出した)、肉・魚などが多いそうだ。ウズラの卵も確かに危なそうである。
僕が子供の頃、ウズラの卵は高級だったのか、そもそも生産していなかったのか、貴重品だった。今日の卵はウズラやでと、母親が見せてくれたのを思い出す。
何故、ウズラの卵なのか。ニワトリの卵を使うよりも加工の手間がかからず(切らなくていい)、見た目に奇麗だからに違いない。ウズラの卵も切って入れればいい。もしくは茹でずに使えばいい。業者が手間暇を惜しむのだろう。
埼玉の知人は、「ウズラの卵を給食には使わない」との対応について、小手先かつ小役人的だとしたうえで、「それで生産農家が破産して、一家心中でもしたらどない責任取んのやろ」と言っていた。
子供がウズラの卵で死ぬ数よりも、交通事故で死ぬ数の方がはるかに多い。とすれば、「通学は当面止めましょう」となるのかな。さらには乳が喉に詰まるかもしれないので、乳幼児に乳を与えないことになるのかな。
「おべんと、おべんと、うれしいな、なんでもたべましょ、よくかんで」との菓子違う歌詞を思い出した。この歌を「給食」バージョンに変え、歌った後、ご飯の時間にするのが正しいのではないだろうか。

2024/02/29


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