最近、怒っていることがある。それはボタン電池だ。時計が止まり、次いで扇風機のリモコンが効かなくなった。両方ともボタン電池式だったので取り替えようとした。と、「怒ったぞ」だ。
以前に電卓のボタン電池を取り替えたことがあり、その時に買った電池が2種類余っている。使えないかと調べたところ、型番が異なった。「何でこんなに種類があるのや」と思うくらいにボタン電池の型番は異なっている。
興味本位でGeminiに質問したところ、「国際電気標準会議(IEC)や日本産業規格(JIS)によって規格化されているものだけでも数百種類」とあり、「さらに、メーカー独自の型番や旧式のものを含めると、その数は膨大に」とのこと。要するに「分からない」。むしろ同じ種類のボタン電池に当たるのは、宝くじの上位等賞に当たるのと同じくらいに「幸運」なのだろう。
数日前だが、時計のボタン電池は仕方ないのでアマゾンで買うことにした。ここで「怒りの2乗」になった。というのも必要な電池は1個だけなのに、わんさか10個売りが主流である。ようやく2個売りを見つけて買ったのだが、値段はほとんど変わらない。
その昔、ボタン電池の商品が珍しかった頃、量販店に行って1個単位で買ったことを思い出したものの、この暑い夏、電池だけを買いに量販店に出向いてられないし、出向いたところで膨大な種類があるのなら、「置いてまへん」って言われかねない。
しかも気づいたのだが、扇風機のリモコンのボタン電池にはリチウム電池だった。使い終わったリチウム電池、爆発の可能性があるから普通の電池のようには捨てられないだろう。「どないせえって言うのや」と、「怒りの3乗」になってしまった。
おまけがあった。このブログを書くため、数日前にアマゾンで買ったボタン電池の型番と種類(リチウムかどうか)を確認したところ、アマゾンのサイトに「(僕宛に)配達できたかどうか確認できていない」とある。「置き配」というか日本郵便が郵便受けに届けてくれたのだが、配達員が「配達終了」を入力し忘れたようだ。「アホな奴」というので、ついに「怒りの4乗」になった。もっとも最後の怒りは軽いので、3.5乗程度かな。
メーカーとしてボタン電池の型番をもっと統一できないのか。1個売りにならないのか。リチウム電池の処理方法を行政として何とかしろや。日本郵便のサービスはどこまで落ちるのや。ボタン電池問題は、劣化する日本の象徴にように思えてくる。
2025/09/13