
今日、日経の紙とネットを読んでいて、「何かおかしい」、「どこかで間違った」と思うことがあった。日本の教育、遊び、働きについての疑問だ。
浦安のディズニーランドに入ると、1人平均5万円使うという。実は僕自身、ディズニーランドに行ったことがない。とはいえ子供の頃、奈良にあったドリームランドには入った。ちなみにドリームランドはディズニーランドを模したものであり、ミッキーなどはいなかったものの、ネズミを好でない者にとってどうでもいい。
日本ドリーム観光という上場会社の株式を確か父親に買わせ、その株主優待券で入った。楽しかったとの記憶が残るものの、2度入ったかどうか記憶になく、間違いなく3度は入らなかった。関心が失せ、そのうち父親も株式を売った。
ということで、5万円なんて何に使うのかと思ってしまう。1回は仕方ないだろうが、複数回行くくらいなら、もっと素晴らしい場所が近場にゴロゴロしている。たとえば2日にアップした初詣の場所など、探検気分で歩くと新しい発見がある。ディズニーランドより余程素晴らしいし、子供もワクワクするに違いない。
そんな子供の教育に、体を鍛える保育園が流行っていると書いてあった。月10万円かかるらしいが、それでも入園待ちの列ができているらしい。
これには今の子供の生活環境が影響している。僕らの子供の頃のように、道で近所の同年代の子どもと遊ぶことがなくなった。今日の「私の履歴書」のキヤノン・御手洗さんにもあった、「田舎の」との形容詞を付けたくなる生活環境は、子供の創意工夫力を養い、他人との付き合いを学ばせる(僕は学ばなかったが)。
とすれば、家屋の中でしか遊べない今の都会を離れ、田舎に生活拠点を持つのが子供のためには最適だろう。ネットの時代、学校教育はどこででも可能である。子供の目線から田舎を見ると、遊びは無限にある。後は同年代の仲間だが、この点は政府が「自然の中での生活」を重点目標とし、努力するしかない。企業が大都会から離れることでもある。
「自然の中での生活」は働き方改革にもなる。何回か書いたが、都心にある職場に、往復何時間もかけて通うのは大きな無駄でしかない。働く者の誰しもが「労働時間にカウントして欲しい」と思っている。会社(役所)の幹部が社用車で通勤しているのは必要だからかもしれないが、ある時には「ずっこい」し、「せやから都心から離れようとの発想が生まれへん」、「アホやん」となる。
残業制限を課すのなら、通勤時間制限も課すのが政策として整合している。「労働時間の規制緩和」をと経営者が声に出すのなら、その経営者には「通勤時間をどうしてくれるねん」と言おう。自己都合だけで狭い範囲の主張しかしない経営者は、「ほんまにアホ」でしかない。
2026/01/04