川北英隆のブログ

図表作成の今昔

仕事の関係上、50年ほど前からグラフの作成が日常だった。とくに昭和52年だから49年前に経済や企業分析が主たる業務になり、グラフの作成が重要になった。振り返ると、その作成方法は日進月歩だった。
14年前の2012年(記憶では06年頃かなと思ったが勘違い)、学士会会報から寄稿を頼まれた。「多少ましなことを書こう」というので、証券投資関係のデータ分析をテーマとした。その中でコンピュータの発展を取り上げた。しかし今、改めて思い出すと、中学生の頃から数値との格闘があった。
数値計算の最初が計算尺である。僕の算盤の腕(3級だったか)では計算が追いつかないから、「大雑把な計算でええやん」というので(当時から多少の誤差を気にしないいい加減さがあったわけだが)、学校で買わされた計算尺を使った記憶がある。
1974年、社会人になって仕事で計算が必要になった。メモリー付電卓を最初のボーナスで買ったこと、上司が会社の経費で買った電卓の親分的な機械を使わせてもらったことは以前に書いたと思う。大型コンピュータを使わせてもらい、パンチカードを読み込ませたこともあった。
そのすぐ後(1977年)、通商産業省(今の経済産業省)に派遣され、備え付けの端末で通産省が保有していた経済データを使い、もしくは(確か)データを入力し、計算をさせた。その便利さに感動したものだ。
しかし当時、出てきた結果を図表にするのは大変だった。方眼用紙を持ち出し、そこに鉛筆でデータをプロットし、プロットした点と点を定規で結ぶ作業をしないと、ちゃんとしたグラフ付きの資料にならなかった。
パソコンが登場し、それを使って図表が簡単に書けるようになったのは1990年頃だったと思う。95年頃にパソコンの値段が下がり、それを自分で買えるようになったことから、劇的に図表作成が簡単になった。机の中で方眼用紙が深い眠りに落ちた。
とはいえ、ちゃんとした(分かりやすくて訴求力のある)図表を作るには、パソコン上での工夫が必要だった。ソフトが徐々にバージョンアップされ、それなりに簡単になってきたが、それでもバージョンが変わる度に苦労する。
それが今や、昨日のブログのように、AIにお願いすれば簡単に好みのものを書いてくれる時代になってきた。お願いの仕方の工夫は必要なのだろうが、今までのようにソフトの癖を覚える必要がなくなった。簡単に書き直すこともできる。
とすれば、事務や調査分析の能率が上がってきたし、今後も上がるのだろうか。確かに1枚のグラフを作成する能率は飛躍的にアップしたし、今後もアップするのだろう。しかし、その分に比例してと言うべきだろうが、要求が大量かつ複雑になっている。「何でも言えばできる」と、上司や取引先や役所が内申思っているし、むしろ「言った者勝ち」とばかりに頼んでくる。
だから、社会全体としての事務や調査分析の能率は大して上がっていないと思う。仕事は減らない、仕事は増えたものの稼ぎが増えない。これが実感であり、社会全体の能率が大して上がっていない証拠でもある。

2026/02/08


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