川北英隆のブログ

平和が発展の原動力

先日、スペイン料理をつまみに赤白のワインを傾けながら、43年来の知人と「平和が経済発展の原動力だ」と語り合った。そういえば東日本大震災の時も緊急避難と称し、フランス料理と赤白のワインで知人達と時間を過ごした。原発事故がまだ明るみに出ていなかった。
ついにアメリカとイスラエルがイランを空から攻撃した。双方に向かって「アホなやつ」と言っておこう。それぞれに言い分はあろう。しかし横から見ていると、「お山の大将同士の意地の張り合い」でしかない。
イランはいい国だった。ペルシャという国を思い出せば、当時は文化の中心だったし、少し前にイランを訪れてみると、文化の香りに溢れていた。そんな知恵のある国なのに、宗教というある意味で古い法典に束縛されたため、世界の流れから遅れをとった。権威者が自分を祭り上げるため、古い法典を後光としたのである。
一方のアメリカを含めた西欧諸国は、他国に先駆けて文明の利器を発明し、今やデジタル革命を先導している。これらを力とし、アメとムチとに使い分けながらお山の大将となり、互いに覇を争ってきた。「そんなの嫌や」という、イランのような跳ね返り分子が時たま登場すると、その頭をぶん殴ってきた。
問題は、西欧にとっての跳ね返り分子が今やイランに限らないことにある。西欧内部の覇権争いは一定の収束を見せているが、それは世の中にいろんな跳ね返り分子が頭をもたげてきたことと無縁ではない。西欧全体が守旧派となり、団結しないことには、跳ね返り分子が一番のお山の大将になりかねないことにある。
日本が先の戦争(応仁の乱ではなく、第二次世界大戦)に敗戦したにもかかわらず、1980年代まで驚異的な発展を遂げたのは何故か。大きな理由は当時の米ソの対立の中で、日本の上空に平和という凪が生じていたからである。軍事に力を注ぐ必要がなく、経済資源のほとんどを発展のために使えたからだった。おかげで自信過剰となり、その後、バブルとその崩壊という泥沼にはまってしまったが。
スペイン料理と一緒に赤白ワインのつまみにしたタンザニア経済は、急速な発展をみせている。タンザニア経済が活況な理由も1980年代までの日本と同じで、世界が(お山の大将同士の睨み合いはあるものの)一応平和であり、国内が平和だからである。国内は多民族にもかかわらず、特定の民族が力を持つことがない。このため紛争が少ない。おかげでタンザニアは鉱物資源や観光資源(サファリ、ハイキング、登山の資源)を有効に使えている。
イランを牛耳っていたお山の大将を、アメリカのお山の大将が「こんちくしょうめ」(つまり、(犬や猫に申し訳ないながら)「この畜生め」)とぶん殴ったから、この後、観光はどうなのるだろうか。
少なくとも今回使ったエチオピア航空は航路の変更を余儀なくされるのではないか。というのも、飛行機はイラン領空近くを飛び、アラビア半島の南に出て、紛争地域であるイエメンを避けながらエチオピアに入っていた。イランを避けつつ飛んでいたパキスタンも隣国のアフガニスタンとチャンバラを始めた。
もっと言えば、ホルムズ海峡が実質的な封鎖状態に陥った。アメリカが思いっきりイランをぶん殴れたのは、アメリカが石油関係エネルギーの実質的な輸出国になっているからでもある。しかしアメリカも巻き添えは免れない。エネルギーをふんだんに使うからであり、大将が「エネルギーを節約しろ」と(他の大将から)命令されることに不愉快きわまりないからである。
いやはや、目先の利益しか考えず、お山の大将であり続けることしか念頭にないのでは、健全な経済や社会の発展は考えられない。
写真、上は賑わうンゴロンゴロのゲート、下はンゴロンゴロのサファリカーのウォッチである。平和のありがたさを感じてしまう。
20260301ンゴロンゴロのゲート.jpg

20260301サファリカーウォッチング.jpg

2026/03/01


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