川北英隆のブログ

日本から世界企業が出ない理由

先日、日本の大手投資家と、「日本から世界を牽引するような企業が出ない理由は何なのか」との議論になった。卑近なリーダー企業の例がアップルである。それに近かった企業は日本にもあったが。
よく例に出されるのがソニーのウォークマンとアップルのiPodである。ソニーがテープにこだわらず、もう一歩歩んでいればiPod的なものを出せたはずだとされる。もう少し前の事例で言うと、インテルのCPUである。これも電卓の開発段階で、それに近いもの(原始的なもの)が日本側でも提案されていた。インテルはその技術に汎用性を持たせ、電卓の枠を超えてパソコンの演算の心臓部に仕立てたのである。
その他は、ちゃっちいと酷評されながらもパソコンのソフトを制したマイクロソフトであり、ヤフーやグーグルの検索ソフトであり、ネット販売とクラウドのアマゾンである。
具体的な商品のイメージから少し距離を置いて考えれば理解できるように、これらの技術は、全世界のニーズを一網打尽にしてしまう汎用性のきわめて高いものである。生活パターンを変えると表現してもいい。では、何故生活パターンを変えることができたのか。それは、特定の分野だけを進化させるのではなく、他の分野との横断的な発想があったからではないのか。
iPodは単なるプレーヤーではない。インテルのCPUは電卓的な計算だけではない。そのインテルとマイクロソフトが組み、パソコンを全世界に広げた。これらの背景にインターネットがあったわけだが、そこに集積したデータを一度集め、分析し、利用者の視点で再配布しようというのが検索技術である。この発想の行き着いた先がクラウド技術である。パソコンとインターネットによって分散化されてしまったデータとデータ処理を再度集中させるのがクラウドだろう。そのクラウドをいち早く活用し、商品の販売に利用したのがアマゾンである。
この技術の急速な進歩を見るにつけ、発想の天才的な豊かさというよりは、一歩だけ先を行く発想の柔軟さを感じてしまう。
これらは、発想の発祥元はともかく、すべてアメリカが実用化した。日本がアメリカに対抗するには(潜在的力はあるはずだが)、柔軟な発想を許す社会環境を整えないといけない。かつて、日本は長期的な経営を行うのに対してアメリカは短期的だと評価されたことがあったが、この20年近くを観察すると、実際のところはアメリカの方が長期的だった。それに対して日本は目先的だった。
日本の優秀な人材は、大企業に就職し、その既存の大企業の内部で長年築きあげられた枠内に閉じ込められている。この結果、目の前に姿を見せようとしていた大魚を逸してきたのではないか。これに対してアメリカでは、大企業の枠外に「社会的な遊び」とも言うべきベンチャーの活動領域が展開し、そこから(千三つかもしれないものの)、世界をリードする技術と事業が生まれた。
いわば日本は大企業病の状態にある。アメリカ社会はそこまで老化せず、むしろ若さを保っている。ここに日米の差異の大きな要因があるように思う。

2013/09/21


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