川北英隆のブログ

公的年金とその投資とは何か

昨日の日経新聞1面トップに「公的年金 成長企業に投資」とあった。「収益力で株選別」ともある。この方向感が正しいのかどうか。知人のK氏から「少し変では」との疑問が届いた。
現在の公的年金、主にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用に関して改善すべて点、さらに抜本的に公的年金制度そのものの見直しが必要な点は多々ある。株式投資の改善は大袈裟に言えば、その氷山の一角でしかない。内閣府に設けられた有識者会議の中間報告(このブログでも9/28に言及)も、実のところ氷山の一角というかせいぜい二角くらいの議論に止まっている。
知人からの疑問は、1つは、「成長株投資と言いながら、東証が新たに作るROE(自己資本利益率)基準のインデックスに追随するだけあり、成長株投資とニュアンスが違う」と。
多分これは、記事になる前の段階で誰かが間違ったのだろう。ROEと企業成長は別物である。ROEが高いと高い投資収益率が得られる可能性が高まる(投資収益の中身が値上がり益か配当かは不明だが)というのが正しい。ついでに知人は、「このタイプの運用で日本企業のROE全般が上がるとする論述もまったくロジカルではない」との疑問も述べているが、この疑問も正しい。ただし、上場企業に多少の緊張感が走るのは確かだろう。
これに関連する問題は、ROEを基準にすることが正しくないとまでは言わないものの、これが企業の経営を計る唯一の指標ではないことだ。しかも同じ記事によると、この新しいインデックスを構成する企業は500社程度とある。これまでの僕の分析では(僕の知っている有識者の見解でもそうだが)、残念ながら投資対象となるに足りる日本企業は500よりはるかに少ない。500社とは東証が有力企業に媚びを売るための苦肉の策かもしれない。
さらに言えば、GPIFの株式投資において国内株と海外株を区別する意味がどこにあるのか。日本市場で時価総額1位のトヨタ、2位のソフトバンク、4位のJT例を挙げるまでもなく、日本企業は国際企業化している。世界の中での日本株の位置づけが問われている。為替リスクがあるから区別するとの理由は理由にならない。為替リスクだけをコントロールする手段が発達しているからである。一方、日本の公的年金だから日本株だという理由は飛躍である。日本株を「よいしょ」するための公的年金であれば、ROEで投資企業を選別しようとの方針も怪しくなり、これまでの日本政府の企業政策と同様「弱い者(ROEの低い企業)の味方」であってもいいわけだし。
そもそも公的年金は何のためにあるのか。株式市場のためか、企業のためか、国民のためか。国民のためであるのなら、何が国民の生活に豊かさをもたらすのか。この議論が欠落したまま、公的年金の膨大な投資資金ありきで議論が進められることに大きな疑問符が付く。
知人は、「今回のような「改革」を行うならば、そもそものGPIFとしての運用の目標利回りとそれに対して想定すべきリスクも議論するべき」とも述べている。もっともである。この公的年金の議論を鮮明にするため、9/28のブログで示したように、国債100%で運用するのか、国債を最低必要限の水準まで(流動性確保のための水準が目安)に落として国際分散投資に徹するのか、この両極端の状態の是非から検討をスタートさせてはどうだろうか。

2013/10/06


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