川北英隆のブログ

福間鋼治氏の納骨と散骨

今日、出雲で福間鋼治氏の納骨と散骨があった。死を予感していたのだろう、福間さんの認めた連絡先リストがあり、それを受けた人達が参加した。東京からの参加者も3人いた。
亡くなったのはバンコクなので、日本大使館が現地のお寺の手配をしてくれたとのことだった。タイの仏教は輪廻転生を信じているから、死は悲しいものではない。ステージの1つの変化にすぎない。また、タイのお寺のすべてがそうなのかは分からないものの、お寺での読経の後、その祭壇の奥が火葬の設備となっていたとのことである。
タイで葬儀を済ませていたこともあり、福間さんの故郷、出雲では納骨の儀が行われ、読経はなかった。お寺の許可を得てのことである。
その後、本人の意思もあり、遺骨の少しを故郷の川、斐伊川に流しに行った。散骨には松江に在住している福間さんの叔父さんの車が提供された。
斐伊川の流れは広々としていて、葦や柳だけが茂り、砂と流れがさまざまに交錯していた。近くには人工物が見えなかった。中国地方には、台風と寒気の影響によって黒い雨雲が足早に動き、それが無人を象徴してもいた。ステージの変化を示唆しているようで、故人にふさわしいようだった。
散骨の間、雨粒がなかったのは、故人の最後の思いやりであるのか、喜びなのか。
帰り、岡山在住で実質的な喪主であった福間さんの妹さんに出雲蕎麦をご馳走になりながら、故人の思い出をとりとめもなく話した。その後、出雲駅で別れた。妹さんの子女の一人は出雲大社へ、もう一人は犬の散歩のために岡山へ、東京のKさんと僕は岡山経由で新幹線に、東京在住という福間さんの叔母さんとMさんは出雲空港へと、四散していった。ようやく雨が降ってきていた。

2016/08/28


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