川北英隆のブログ

議決権行使の個別開示への賛否

株主総会での議決権行使について、投資家が企業の議案毎に賛成だったのか反対だったのか、すべてを開示する動きが主流になりつつある。金融庁と東証によるスチュワードシップ・コードが、この個別開示を推奨しているからである。
この個別開示制度に対して賛成なのか反対なのか、新聞記者に質問された。今日の日経3面に回答の要旨が掲載されている。
デジタルよろしく、賛成もしくは反対と応えられなのというのが本音である。比較的短く答えるのなら、「日頃から対話するのがええやん」というところか。
スチュワードシップ・コードが謳う「個別開示が原則」というのは、それが原則であり、違う対応を説明付きで採用できることから、「それもまあ、半分しゃあないかな」と思っている。他方、現実をあまり良く知らないので「無視しました」と、白状したに等しいコードだとも思っている。
コードに対して何の文句を言いたいのかは、スチュワードシップ・コードのフォローアップ会議の議事録を見て欲しい。簡単に言えば、本来の議決権行使とは、議案に対する賛否という形式の問題でない。株主総会に議案を提出した者(大部分は企業)との日頃からの意見交換がベースにあって然るべきである。
この本来的な姿と、日本で一般的な東証株価指数ベースでのパッシブ運用、つまり2000社という膨大な数の企業に平然と投資することとの整合性の説明が求められる。この点に対し、改訂後のスチュワードシップ・コードはいまだに何も答えていない。
スチュワードシップ・コードもコーポレートガバナンス・コードも、現実社会(市場)への対応が求められる。コードだからといって、それを形式論、原則論で片付けるわけにいかない。もちろん、現実に対応する方法が、スチュワードシップ・コードでいうと、「原則を採用するのか、説明した上で採用しないのか」の投資家側に委ねられているのは確かである。
とはいえ、現実に採用するのが困難なコードを平然と示すことが望ましいのだろうか。アセットマネジメント会社として、金融庁に楯突くと睨まれてしまい、後々やっかいである(多分、アセットマネジメント会社はそう思うだろう)。だから、「適当にやれや」となる。スチュワードシップ・コードの場合では、2000社の議案に対して簡略かつ適当に(形式基準に基づいて機械的に)賛否を決める。
では、形式的に対応されることが企業にとって望ましいのか。市場全体にとってどうなのか。望ましくないに決まっている。つまり、日本企業の経営が、さらに変に歪められる危惧が生じる。
この意味で、今日の記事に「日頃から対話するのがええやん」と入れてもらった。


2017/06/04


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