川北英隆のブログ

可哀想になあ

2つのことで「可哀想に」と思った。1つはハエトリグモ(また登場かいな)、もう1つは鴨川のネコである。
先日(10/11のブログで)ハエトリグモを救出したと書いた。それとは別に、部屋の中にもう1匹いたのだが、一昨日だったか、救出するチャンスを見つけた。
というのも、こちらのハエトリグモ(2匹のハエトリグモの区別がつくんかいな)、カーテンの上を縄張りにしているらしくて、コップで捕まえるチャンスがなかなかなかった。それが、その時ばかりは壁の上を歩いていた。
コップでの救出とは、ガラスのコップをハエトリグモの上にかぶせる方法である。クモが驚き、壁などから下の方にジャンプするのだが、そのクモをガラスのコップの下側が受け止めるという、単純ながらすごく巧妙な方法である。
この方法、壁の上のハエトリグモには効果的なのだが、カーテンは柔らかくてコップでうまくハエトリグモを覆うことができない。
壁の上をやっと歩いたというチャンスを生かすため、急いで台所からコップを持ってきた。その少しの間にもハエトリグモは移動している。このため、バックハンド気味にコップをかぶせるしかなかった。普段やらない動作である。不安がよぎったが、「大丈夫だろう」とかぶせた。
と、ハエトリグモが手の動きを察知して動いたのだろう。コッブの縁がクモに当たってしまった。こうしてハエトリグモの胴と頭が別れ別れになった。南無阿弥陀仏である。「バックハンドでの練習もしとくからね」と詫びておいた。
鴨川のネコとは、二条大橋の下で飼われていたネコで、写真をアップしたこともある。飼い主が橋の下から移動させられ、ネコが放り出された。昨年の秋、二条と御池の中間付近にネグラを変えていた。橋の下と違い、風を遮るものが少ない。冬を乗り越えられるのか心配していたのだが、真冬以降、見かけていない。10ヶ月経つだろうか。
昨日、そのネグラの前を通ったところ、ダンボールが置いてあった。ネコ用か。ひょっとして、まだ同じところに住んでいるのかもしれない。姿を見ないことには安心できないのだが、この秋、生きていれば日向に出てくるだろう。
「なんでそんなにクモやネコのことを心配するんや」と問われそうだ。「喋れないから」とでも答えておくか。でもこの「喋れないから」というセリフ、どこかで聞いたなと引っかかった。
多分、カミさんの父親のセリフだと記憶が蘇った。カミさんが笑いながら教えてくれた。「じゃあ家族は可哀想違うんかいな」と、ついでにぼやいていたようにも思う。「自分の飲み食いのためには大金を使って、家族のためには使わん」とか。

2019/10/16


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