川北英隆のブログ

流岡山を経て加茂へ

本照寺の石段を下ると車道に出る。参道となっていて、かつての丁目石が一丁目から四丁目まで続いている。下り切ると木津川沿いの国道163号線に出る。
その国道を伊賀上野方面に歩くと、和同開珎を鋳銅していたとされる場所が近い。地名も銭司(ぜず)なのだが、立ち寄るのを忘れてしまった。
国道を西に歩く。歩道がある。200mほどのトンネルの通り抜けも歩道があった。トンネルの先で和束川を渡る。渡ってすぐに国道と別れ、南側の村中の道に入る。見ると流岡山の少し尖った最高点が近い。その北東の角に寺(東福寺)がある。
寺から流岡山に直接登れるのではないかと思い、近づいたのだが、下の民家と寺の間に獣避けがあった。民家のすぐ上で獣避けの扉を開けて通過するのには、不法侵入のようなイメージが付きまとう。仕方ないので、正規のルート(南西側から稜線をたどるコース)から登ることにした。
正規の登山口へは流岡山の北側から南西側へと反時計回りに歩く。2時から8時へのイメージだろうか。登山口は木津川に架かる恭仁(くに)大橋の北側の袂にある。そこから東へ細い車道を入り、民家の間を登っていく。墓の先の分岐を右(東)に折れて稜線に向かう。電波塔と貯水槽があり、稜線に出る。
稜線を北東にたどれば山頂なのだが、入口部分が背の高い笹薮で覆われている。赤いテープが踏み跡を示しているので、それに向かって疑似ヤブこぎをする。すぐに笹薮が終わり、その先、雑木林の中を踏み跡が続く。手入れされていないモウソウチクが稜線まで進出してきている箇所もある。笹の茂った箇所もある。
少し下り、北に折れるように登り返すと流岡山の山頂だった。背の高い笹薮の中に三角点(121.4m、点名は流岡山)がある。その少し先で笹薮が終わり、北東の林の中の急な稜線上を、はっきりとした踏み跡が下っていた。やはり先の寺から直接登れるようだ。
流岡山は木津川に立ちふさがる長細い丘である。和束川が妙見山からの山並みを切り離し、流岡山を独立させたのだろう。流岡山へのルート上、真下に木津川の見える箇所がある。東斜面を木津川が激しく侵食してきたようだ。
少し戻り、山頂の先で日差しを浴びながら、少し遅い昼食にした。加茂駅からの電車の時間を調べると、40分程度しかない。逃すと1時間のロスとなる。急いで往路を戻った。
恭仁大橋を渡ると加茂の町中に入る。今は地元で廃業したと思える島君の実家、島医院を見つつ、加茂駅に戻り、目指していた電車に乗った。
いろいろとあったが、9時20分にバス停を降り、13時30分に加茂駅に戻った。
写真、上は流岡山の三角点である。下は恭仁大橋からの流岡山である。山頂は右端にある。
20230305流岡山.jpg

20230305木津川からの流岡山.jpg

2023/03/05


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