川北英隆のブログ

上場企業の護送船団方式

6/19、日経新聞1面の特集記事、「株主騒乱 総会リセット」の「第5回 杓子定規な議決権行使」にコメントが引用された。株主総会の形式的な議決権行使を減らすには、投資家が個別企業の分析に多くの時間を割ける環境が必要とだと述べた。
そのうえで、「2000社近くと対話して市場全体を底上げするというGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の理想論には無理がある。200社程度に絞るべきだ」とのコメントが載った。
そもそも誰が言い始めたのかは知らないが、東証株価指数(TOPIX)をそっくり真似る株式投資(パッシブ運用)にも議決権行使が必要で、そうすれば株価指数に採用されている企業全体のガバナンス(企業統治ひいては企業経営)が良くなり、市場全体の株価上昇率が高まるとの主張が強かった。議決権行使を促すことが目的化していたことが背景にあろう。
2014年にスチュワードシップ・コードが提唱された当時、TOPIXの構成企業は東京証券取引所市場1部に上場している全企業であり、1900社近くあった。コードの会議で僕は、「そんな多数の全企業とちゃんと対話(意見交換)し、議決権行使しようなんて非現実的」と主張したのだが、確か「こんな意見もあった」程度の扱いで、コードにおいてはパッシブ運用にも議決権行使が求められた。
そもそもパッシブ運用で議決権を行使しようというのは、パッシブ(すべてを受け入れる消極的な投資スタイル)と矛盾している。パッシブの利点は、「誰かが投資すべき企業を選んでくれる」「それをそのまま受け入れることで、投資に必要な費用を削減できる」ことにある。費用を削減する代わりに、自分で企業を選別するという、一種の投資家としての権利を放棄することでもある。
現実にどうなったかと言うと、GPIFはTOPIXを真似るパッシブ運用にも議決権行使を要請した。しかも議決権行使に必要となる追加費用をほぼ無視して(委託先に支払わずに)。とすれば、GPIFから株式のパッシブ運用を受託した機関とすれば、議決権行使の形式基準を定め、その基準に合わない株主総会の議案に反対することが必然化する。企業との対話には専門家という人的資源が必要であり、それには当然コストがかかるのだから、苦肉の策として形式基準を定めたと理解できる。
さらに問題は、会社側の議案に連続して何回も反対票を投じたのに、企業経営が変わらなかった場合、どうするのか。反対票を投じたということは「この企業は投資するに値しない」との意思表示でもある。それが1回ならともかくも、何年を続いたのなら、「本当に投資すべきではない」。それなのにTOPIXに入り続けていることだけを理由に投資を続けるのか。これもコードの会議で意見として述べたのだが。
日経新聞へのコメントで述べた100社とか200社程度で構成される株価指数をそっくり真似るパッシブ運用の場合、議決権を行使しないことも、逆にちゃんとした対話を前提とした議決権行使に基づく投資も可能である。もっとも言えば、後者のように議決権行使をするということはアクティブな行動であり、そうだから専門人材の投入という費用が発生する。100%アクティブでないにしても、パッシブの定義から外れてくる。
現実を直視せず、TOPIXのパッシブ運用にも対話と議決権行使を主張するのは、それが理想論であったとしても、現実的ではない。議決権を行使して全TOPIX構成企業の業績を向上させ、日本全体の株価を上げようと試みるのは、かつての日本の銀行行政が護送船団方式だ(一番劣った銀行に基準を合わせている)と揶揄されたことの繰り返しである。そんなことではアメリカを中心とするグローバルな企業の競争に日本企業が勝てるはずがないし、追いつけもしない。
必要なのは競争原理である。企業が競争に勝つために努力することである。アメリカのS&P500を見習い、勝者もしくはその候補企業だけで構成する「少数精鋭の株価指数」が必要である。パッシブ運用をしたいのなら、その株価指数を真似ることである。。

2025/06/22


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