新聞を見ていたら、「(広い社内の)ながらスマホ禁止」の会社があるのを知った。広島のモルテンという想像力で競争力の高いスポーツ用品を開発する会社だという。この記事を読んで「スマホ見歩き、アホやん」との意を強くした。
人通りの多い場所、車の通る道路でスマホを見て歩くなんて、先に書いた羅臼岳での「走って下山」と同様、危険である。交差点を渡る時のスマホ見なんて自殺行為そのものである。そういう奴、いつかどこかで事故って死ぬだろうと確信している。
さらには、人や車の通らない場所でもスマホなどを見ずに歩くべきだと思っている。ぼやっと歩くのは時間の無駄、「ながら」をしないと損なのか。そうではない。
歩くと脳が刺激される。そんな状態で周囲を眺めて歩いていると、刺激された脳がふとしたことに反応する。それが思いもせぬ回路に接続され、ある時には想像力につながる。アイデアが浮かぶというわけだ。視野を広げる効果があると表現してもいい。
逆に脳が活性化している時、スマホのSNSやゲームに意識を向けていると、その単純な世界に没頭し、単調な思考というか感情が増すだけである。これはAIの利用と同じだろう。常にAIの回答に対して疑問を持ち、突っ込み、問いただす姿勢が必要である。スマホのSNSではそれは難しいだろう。
昨年の拙著で書いたことだが、株式投資のヒントは意外なところに転がっている。
たとえば、コンビニや外食店舗の前を通る時、見ないといけないのはゴミ箱や玄関がちゃんと掃除されているかどうかである。掃除されていないのなら、それは経営がダメな証拠である。いずれ負けていくか、買収を仕掛けられるか、どちらかだろう。いずれにしても、その企業の株式を長期では持てない。
店舗で買った食品を食べた時、その味のチェックも必要である。実は今日食べた有名メーカーのスナック菓子はレベル未満だった。サツマイモを売りにしているのに、小麦粉の味が強いし、油っぽいし、これでは「アカン、トップが交代し、経営が緩んだ」としか思えない。
もっと事例はあるのだが、とりあえずは以上。
「ながら」には限界がある。実は子供の頃、テレビを見ながら宿題や試験勉強をするのが常態だったから、「ながら」の酸いも甘いもよく知っている。結論は「後悔」である。
2025/08/22