血液型と性格の関係は一種の迷信だとされる。その一方で、最近は血液型と疾病の関係についての研究が進んでいる。グーグルGeminiに質問したところ、「血液型は赤血球表面の抗原の種類で決まり」とあり、免疫、血液凝固、病原体との結合などに影響するとか。
つまり血液型は単純な型にとどまらず、いろんな影響を身体にもたらしている。とすれば、性格に作用したとしても不思議ではない。
僕自身、自分の血液型を知ったのは社会人になってからだった。母親が手術をするというので、「献血しとけ」と父親に言われ、「今はそんな世の中ではないけど」と思いながらも(どこで献血したのか思い出せないが)、命令に従った。その献血時、ついでにO型だと知らされた。この「ついで」に半分期待していたから、献血に反抗をしなかったようにも記憶している。
このOという血液型に変に納得した覚えがある。家族がA型だったこともあり、僕もAの可能性が高いなと思いつつも、自分自身を省みるに、世間一般に言われているAらしくない。それに家族がAだとしてもOは生まれる。小さい頃、父親が「お前は大丸に売ってたんや」と言っていたが、それが突如、核心を突く言葉に変貌するわけでもなかった。
それはともかく、Aに囲まれて20年以上生活していたから、性格はAに染まったのだが、何となく反発というか違和感があった。Aのあらゆる面での(とは言い過ぎかもしれないが)几帳面さが、父親も含めて鬱陶しい。実は僕の指導者にはAが多い。単純にそうだと思っている場合もあるのだろうが、通産省に出向していた時の「山の師匠」は正真正銘のAである。調査と分析関係の仕事も、山も、その師匠がなければ、僕はちゃらんぽらんなOの典型になっていたかもしれない。
社会人になって以降、気が合うのは多くはOとBである。Oは互いにいい加減だから、適当に妥協点を見つけ、意見の対立や喧嘩が少ないのだろう。Bは、実はカミさんがそうだし、社会人になって以降の一番の友人もそうである。Bは、いい加減なのだが、Oと違って特定の事柄に妙にこだわるような。つまり特定のことに関して異常と思えるほどに几帳面なのだが、それ以外のことに対してO以上にいい加減なような気がする。いずれにしてもBはいい加減な場合が多いので、やはり意見の対立や喧嘩が少ない。
ABはという、そもそも身近には少ないというか、なかなか思い浮かばない。AもBも併せ持っているとすれば、親密にはなれないように思うが。
血液型に関していろいろと思い巡らせるにつけ、迷信ではないように思っている。もちろん完璧な判断基準とはならないことを断っておくし、100%血液型だけで僕が行動しているわけでもない。「間接的に、判断に影響を及ぼすことだけは確か」な程度である。
2025/08/28