
昨日の日経新聞の株式欄「スクランブル」にコメントが引用された。「足元で広がる割安株修正ムードが一巡すれば株高は止まってしまわないか」と。今の株式市場のお祭り騒ぎに水を指したような。「日本株高をみる目線はどこか冷めている」とも記者が評価していた。
担当記者とは何回か話したことがある。僕のへそ曲がりなスタンスを嗅ぎ取っていたから誘いをかけ、それに乗って僕が発言したと言うべきだろう。
今回の発言、いろいろと理由があるのだが、その1つが11/22にアップした日本企業のPBRであり、企業の気概の乏しさ、政府・東証にやれと言われたことだけはやるという小学生並みの行動である。
日本のプロ投資家も頼りない。同じインタビューに対して、大手アセットマネジメント会社の多くはサラリーマン経営だと、ついでに喋った。要するに、こちらも経営に気概が乏しい。日本の大手アセットマネジメント会社には有名金融機関の親がいる。外野から批判されてきたことだが、親を横目で見つつ経営するクセがいまだに治らない。
しかも年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を中心に、大口資金の本来の保有者から、善悪はともかく、いろいろと注文が出される。アセットマネジメント会社はそれに真面目に対応するあまり、いわば金縛りにあっている。背景にあるのが日本的風潮だ。権威に弱いから、お上には真っ向から反論できない。
だから昨日のスクランブルの主題、「有力新興企業(その例としてのPayPay)が東証を素通りし、アメリカ上場を目論むことになる」。推察するに、「アメリカに上場すれば本当のプロの投資家に認めてもらえるかもしれない」、「東京に上場すれば、その他大勢の企業と一緒くたにされてしまう」ということだろう。
後者は要するに、「朱に交われば赤くなる」ことへの嫌悪である。それで結局のところ、東証は猫またぎの刑を受けようとしている。さすが猫ならぬ孫正義さんだ。
2026/01/07