
ホルムズ海峡の実質的封鎖とイランによる武器化が進む中、代替的な原油輸送手段に注目が集まっている。1つはサウジから紅海に抜ける原油パイプラインであり、もう1つがホルムズ海峡の外にあるアラブ首長国連盟(UAE)のフジャイラ(ファジャーラ)である。
UAEの油田からフジャイラへも原油パイプラインが敷かれている。調べたところ、日量150万〜180万バレルを運べ、これはUAE生産量の半分以上を占めるとか。もちろんイランはこのルートを認識しており、ドローンで攻撃しているらしい。
ホルムズ海峡付近がどういう地形なのかというと、ペルシャ湾に対して、南側のアラビア半島から角が突き出している。この突き出しによってペルシャ湾が狭まっているから、船はイランに近い航路を取らざるをえない。狭い場所で20キロ程度である。
よく見ると領有権が入り乱れている。海峡の北側がイランであるのは確かだが、アラビア半島からの角の突端はオマーン(正確にはオマーンの飛び地)であり、角の下はUAEである。UAEを少し詳細に見ると、その西(ペルシャ湾内)にUAEの最大の都市、ドバイが、東(ペルシャ湾の外)にフジャイラがある。
と、単純に思ってはいけない。フジャイラの少し北側、内陸部にオマーンのもう1つの飛び地があり、しかもその飛び地の中にUAEの飛び地がある。つまり入れ子状態になっていて、UAEの中にオマーン領が、されにその中にUAE領がある。
少し調べると、UAE側の飛び地はシャールジャ首長国のものであり、この部族はかつてイランの海岸部に居住してたのだか、イランに追われ、アラビア半島側に移ったとか。複雑な民族興亡の歴史がありそうだ。
フジャイラのことを少し調べた理由は、今回のアメリカとイランの戦争だけではない。実はフジャイラに行ったことがある。2015年、イエメンのソコトラ島に旅行した時、帰りにフジャイラ空港に下りた。イエメンのムッカラーからの飛行機が遅れた上に、ドバイ空港が霧のために下りられず(そう聞いた)、フジャイラに変更されたからである。おかげでドバイへはバス移動となり、予定していたドバイ発の飛行機に乗れず、帰国が1日遅れた。
今となっては、「おかげでフジャイラの町を通ることができたし、アラビア半島の角が山岳地であることを知った」貴重な旅行となった。もっとも当時は、フジャイラの飛行場の片隅で、同行した知り合いと禁酒の国UAE人から隠れるようにして、出された朝飯をワインだったかと一緒に口に入れていた。長い待機の1日、いつ帰れるかどうか分からず、することもなかったから。
写真、上はフジャイラの町中にあった大きなオブジェである。鳩のように見えて鷲のようだ。下はアラビア半島の角の峠越えである。草木のない岩稜砂漠だった。


2026/03/17