川北英隆のブログ

ンゴロンゴロそして帰国

オルドイニョ・レンガイが終わると、後は今回の旅行の付け足しみたいなものである。マサイのロッジでは、チェックアウトの時間が過ぎていたにもかかわらず、シャワーを使わせてもらった。昼食も前日の夕食と同じテーブルで食べた。・・・

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2026/02/28

オルドイニョ・レンガイ登頂

マサイのロッジで仮眠し、22時半に起きた。オルドイニョ・レンガイに登頂するためである。風邪のため眠りが浅く、調子は今一つだった。現地ガイドは、日の出前後に登頂し、すぐに下らないと暑さでやられると説明した。「ほんまかいな」だったが・・

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2026/02/27

ナトロン湖畔へ移動

ミリアカンバ小屋に泊まった翌日はアルーシャまでの移動だった。途中まで往路を下った。行きと同様、深い谷を橋で渡った後、少し先で往路とコースを変え、滝へ向かった。Tululusiaという滝である。・・・

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2026/02/26

メルー山に登頂する

サドル小屋で深夜12時まで寝た後、翌1時にビッグメルーへと出発した。宿泊の装備を間違え、足先が冷えたため眠りが不十分だった。ツベコベ言っても仕方ないので、ヘッドライトを点灯し、登頂へと出発した。・・・

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2026/02/25

リトルメルーへ

2500m地点に建つミリアカンバ小屋に泊まった翌日は、3500m地点のサドル小屋(メルー本峰のビッグメルーとリトルメルーとの峠の小屋)を目指した。小屋に着いた後は高所順応を兼ね、リトルメルー(3820m)を往復した。・・・

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2026/02/24

ミリアカンバ小屋へ

タンザニアは遠い。成田発、韓国経由、アジスアベバ行きであるため、仁川で1回トランジットする。エチオピアはでタンザニア行きの便に乗り換えるため、もう一度トランジットする。結局、タンザニアのキリマンジャロ空港の到着は、成田を出てから約24時間後である。・・・

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2026/02/24

タンザニアという国

最初にタンザニア国についてまとめておく。旅行でタンザニアに大きな変化を感じたからである。1994年当時は「貧しい国」との印象が強烈だった。ケニアとの対比でもある。しかし今回、タンザニア経済には、日本から消えた勢いがあると思えた。・・・

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2026/02/23

タンザニアの山を歩く

タンザニアの山を歩いてきた。「タンザニアってどこ」との質問があるのなら、「キリマンジャロもタンザニアにある山やで」と答えておこう。今回歩いたのはキリマンジャロではない。

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2026/02/22

ドコモの怪しげメールの迷惑

「dポイントクラブアンケート」なる怪しげなメールが届いた。Gmailが迷惑メールに振り分けていたので、少ししてから気づいた。「衆議院選挙の世論調査」とある。・・・

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2026/02/08

図表作成の今昔

仕事の関係上、50年ほど前からグラフの作成が日常だった。とくに昭和52年だから49年前に経済や企業分析が主たる業務になり、グラフの作成が重要になった。振り返ると、その作成方法は日進月歩だった。・・・

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2026/02/08

マイクロソフトの死?

アメリカ市場では「SaaS(Software as a Service)の死」が叫ばれている。代表的には、マイクロソフトが提供する「Office」、つまりExcel、Word、PowerPointなどがピークアウトする、役割を終えつつあるとの見方である。・・・

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2026/02/07

西堀榮三郎記念探検の殿堂を

東近江市にある西堀榮三郎記念「探検の殿堂」を訪問し、長谷川伝次郎展「仏の世界を撮る」を観てきた。京都から少し遠かったが、時間をかけて行く値打ちが僕にはあった。・・・

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2026/02/07

奈良盆地の奥深さ

奈良盆地の南部の丘を歩いて思ったのは、京都と違い、政治から見捨てられたに近い地域だったが故に、知らない歴史遺産が多いことである。母親の実家の村落の近くにも古い時代の寺院跡があり、耕すと建物の名残がいろいろと出てきたらしい。・・・

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2026/02/04

節分の花

今日は節分、子供の頃とは違い、嬉しい節気だ。冬の終わりが「そこにある」と思ってしまう。鬼さんも嬉しくてそこらを徘徊するから、「鬼は外」なのかもしれない。・・・

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2026/02/03

掖上国見山

巨勢山古墳群から室の村落に下り、ついでに宮山古墳を見学した。前方後円墳であり、石室にある長持形石棺が見える。その後、古墳が点在する巨勢山丘陵の裾野を東へと歩き、日本武尊が白鳥となって飛来したという日本武尊白鳥陵に寄りつつ国見山を目指した。・・・

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2026/02/01

巨勢山古墳群の稜線

巨勢山から下り、国道309号線に戻った。少しだけ国道(歩道あり)を歩く。吉野口駅付近から国道と離れ、かつての街道、古瀬(こせ)の村落に入った。吉野方面と五条・和歌山方面の分岐点でもある。両方向とも大きな峠を越えることなく歩ける。・・・

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2026/02/01

巨勢山

奈良盆地の南部に登り残した山があった。御所市東部の国見山なのだが、標高229mと背が低すぎ、それだけでは寂しい。そこで「ついでの山」と探したところ、「巨勢山古墳群」の表記が地形図にあり、さらに「巨勢山」が「ヤマレコ」にある。それらをつなげばいい。・・・

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2026/02/01


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